「おいしくないと、見えてしまう」 映画の裏側をつくり上げる飯島奈美さんの料理制作

小林明子

映画やドラマに登場する料理が印象に残ったとき、エンドロールのスタッフクレジットでこの人の名前を見かけること、ありませんか。フードスタイリストの飯島奈美さん。CMや映画の撮影で食に関わるスタイリングをする専門家です。映画を観ているうちにだんだんお腹が空いてくるのは、技術と想いの両方が詰まっているからーー。

飯島奈美さん
『LIFE 12か月』の出版記念イベントで料理を取り分ける飯島奈美さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

映画「かもめ食堂」「南極料理人」や「海街diary」、ドラマ「深夜食堂」や「カルテット」、連続テレビ小説「ごちそうさん」......。数々の映像作品やCMで料理のスタイリングを手がけているフードスタイリストの飯島奈美さん。

飯島さんの料理は「おいしそうに見えるだけでなく、実際においしい」と定評があり、レシピ本の著作も多数。なかでも「ほぼ日」での連載をまとめた『LIFE』はシリーズ累計30万部を超え、家庭料理の定番メニューを確実においしくつくれると好評です。

21歳の頃からアシスタントとして伊丹十三作品などに関わり、28歳で独立後に初めて担当した映画「かもめ食堂」で、おにぎりやシナモンロールの鮮烈な印象を残しました。飯島さんにとっても原点といえる「かもめ食堂」から一貫している仕事観について聞きました。

飯島奈美さん
飯島奈美(いいじま・なみ) / フードスタイリスト
東京都生まれ。フードスタイリングのチーム「7days kitchen」を立ち上げ、テレビコマーシャルなど、広告を中心に映画、ドラマなどでフードスタイリングを手がけている。映画「かもめ食堂」「めがね」「南極料理人」「海街diary」「すばらしき世界」、ドラマ「深夜食堂」「ごちそうさん」「大豆田とわ子と三人の元夫」などを担当。著書に『シネマ食堂』、『LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。』、『沢村貞子の献立 料理・飯島奈美』などがある。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

居酒屋ならこの味

ーーフードスタイリストの仕事は、映画やCMの撮影シーンに合わせた料理が求められます。つくりたい料理をつくるというわけではないんですよね。

そうです。まずストーリーや監督のイメージがあって、それに応えるにはどんな料理にしたらいいかと考えます。

肉じゃがひとつとっても正解があるわけではなく、設定されたシーンによって違うつくり方になります。

田舎のお母さんの肉じゃがならじゃがいもの中までしっかりと味がしみていそうですし、居酒屋だったら味付けは濃いけれど中は白いくらいがちょうどよさそう。しょうゆメーカーのCMなら表面においしそうな色がついているといいですよね。

牛肉なのか豚肉なのか、しらたきやこんにゃくを入れのるか入れないのか、じゃがいもの形がきれいなほうがいいのか煮崩れていたほうがいいのかなど、さまざまなバリエーションの中からどんな肉じゃがにするのかを考えます。

打ち合わせでは写真を見せるなどして監督やプロデューサーとイメージをすり合わせます。つくりたい肉じゃがのスタイルによって材料の炒め方や調味料を入れるタイミングが変わるので、何度も試作します。肉じゃがだけでも、もう何百回つくったかわかりません。

飯島奈美さん
メンチカツがこんがりと色づくタイミングをみる
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー定番料理であっても、さまざまな調理法の引き出しがあるんですね。そういえば、映画「南極料理人」にはおいしそうな料理がたくさん登場しますが、二度揚げをしていないベチャっとした唐揚げをまずそうに食べるシーンが印象的でした。

おいしくないという設定の料理を任されることもあります。油っこい唐揚げは油の温度を低くすればつくれますが、俳優さんが実際に口にするので、演技はともかく本心では嫌だろうなと想像すると、実際においしくないものを出すのは抵抗があります。

そこで、唐揚げはカラッとおいしく揚げておいて、ごま油やしょうゆで調味した油淋鶏風のソースをかけて油っぽさを演出しました。

ーー映画では堺雅人さんがまずそうな演技をしていましたが、実はおいしい唐揚げを食べていたとは。

そうなんです。そのシーンを撮る直前に、役者さんたちに「油っぽい唐揚げの設定なので、ソースをかけさせてもらいますね」とひとことお断りをして、目の前でソースをかけました。

役者さんが演技に集中したいときに、何を食べさせられているかわからないのは不安ではないかと思うからです。

飯島奈美さん
『LIFE 12か月』のチキンライスグラタン。チーズをはさみで切るのは取り分けしやすくするため
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

現場によっては、撮影をスムーズに進めるために料理はあらかじめセットの上に置いておいてほしい、と言われることもあります。でも、いつからそこに置かれているかわからない料理を口にするのは誰でも嫌ですよね。ソースをかけたことも役者さんたちに知らせないと、ただの油っぽい唐揚げに見えてしまいます。

ですから、ときには「皆さんが安心できるように目の前でつくらせてください」と交渉することもあります。それは役者さんが口にするものだからでもありますし、料理をちゃんとつくって最良の状態で見せるというフードスタイリングの基本でもあります。そのために仕事を依頼していただいているからです。

味噌汁であれば熱々の湯気を見せたいので、「時間がないので先に作っておいてください」とオーダーされたとしても、「お待たせしませんから」と言って工夫します。お椀に具材だけを入れてラップをしてセットのテーブルの上に置いておいて、シーンを撮る直前にやかんで味噌汁の汁を注ぐようにすると、時間をかけずに熱々の味噌汁を見せることができます。

飯島奈美さん
海外や地方で見つけた古い道具を愛用している
飯島奈美さん
さまざまな食器をシーンに合わせて提案する

料理の見えない役割

ーーフードスタイリストという仕事は今でこそ認知されましたが、美術さんが小道具の一環として担当することも多いと聞きます。おいしそうに見せることは必要でも、味まで要求されるものなのでしょうか。

おいしそうに見せるためにあえて味付けをしないケースもあると聞いたことがありますが、料理に味付けをしないという発想が、私にはなくて。わざわざつくるのに、もったいないと感じてしまいます。

おいしそうに見える料理を食べたくなるのは当然なので、撮影で余ったものは衛生的に保管して、撮影後に温め直して役者さんやスタッフの皆さんが食べられるように準備します。せっかくつくったので食べられるものは食べてもらいたいですし、フードロスも避けられます。

それに、味って見えてしまう気がするんです。

飯島奈美さん
アシスタントと連携して料理を制作していく
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

映画の料理には、画面を通して伝えることと、役者さんの気持ちを盛り上げることの両方の役割があると思っています。

映画は、監督による演出があり俳優による演技があり、その周りに小道具などによる雰囲気づくりがあります。料理や食器には、登場人物が普段どんな生活をしているのか、過去にどういう経験をしてきたのかが表れるものなので、役づくりの一部を担っているつもりで準備しています。

飯島奈美さん
飯島奈美さん

例えば、映画「すばらしき世界」で、長い服役を終えて出所した主人公が最初に食べるすき焼きは、老夫婦がもてなす夕食という設定なので、あまり霜降りが多くない庶民的なお肉を選び、ごく普通のすき焼きをイメージしてつくりました。

また、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の最終話で主人公がある女性の自宅を訪れるシーンは、幼い頃からバレエをしていたひとり暮らしの女性という設定でした。住んでいるのは殺風景な団地ですが、キッチンのまな板やスパイスの容器をおしゃれなものにして、丁寧な暮らしを楽しんでいる雰囲気を演出しました。ほとんど見えていませんが、ハーブをふんだんに使った「タブレ」というクスクスのサラダをつくっています。

細かいところまで画面に映るわけではありませんが、料理の味も含め、すべてがつながって一つの作品になるのだと思います。

映画に関わるすべての人が一体となって丁寧にひとつの作品をつくり上げることの大切さは、「かもめ食堂」の撮影で学びました。

ーー2006年に公開された映画「かもめ食堂」はフィンランドで撮影されたんですよね。

日本の家庭料理を提供するヘルシンキの小さな食堂が舞台だったので、現地で調達できる食材を使った定食のメニューを考えて、値段もつけ、フィンランドらしい食器を選びました。

映画でおにぎりを載せていたフィンランドの陶磁器ブランド・アラビアの食器は「かもめ食堂のお皿」として知られるようになった(写真はイメージ)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

カメラマンや照明さんなどスタッフの多くがフィンランドの方でした。料理のシーンが多いものの、ほとんどが日本食を食べたことがない人たち。そこでプロデューサーが、「まず日本のソウルフードを食べてもらおう」と提案してくれて、おにぎりを100個ほど握ってスタッフに振る舞うことになったんです。

日本から持ってきた貴重なお米ですし、鍋で大量に炊くので大変な作業です。それでもスタッフに味わってもらうことがいい作品づくりにつながると、料理を尊重してもらえたんです。

丁寧に仕事をするって、なんて素敵なことなんだろうと感じました。こういう丁寧な現場で仕事がしたいし、こういう丁寧な現場をつくりたい。自分が仕事をするうえでの方向性を決めるきっかけになった出来事でした。

飯島奈美さん
『LIFE 12か月』のにんじんラペ
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

日常に自然にあるもの

ーー料理を題材にした漫画や小説が原作となる映画は多く、最近は「ASMR」によってシズル感を演出するなど、料理が主役級になる作品もあります。

フードスタイリストのキャリアが長くなってきたので、そうした作品を任せていただくことも増えてきました。料理が主役の映画もいいですが、主役じゃなくてもいいんです。

映画の多くは日常を描いているものです。そして日常には必ず料理が登場します。日常をそのまま切り取ると、料理があり、食事をする場面があります。料理が料理として主張していなくても、自然にそのシーンに溶け込んで、なくてはならないものとして存在しているのが、映画の中の料理の理想的なあり方だと思います。

最近観た中では、韓国ドラマの「私の解放日誌」の料理のあり方が好きです。真夏に力仕事を終えた母親が、冷蔵庫の製氷皿からステンレスのボウルに氷をザザッと移し、おそらくインスタントであろうミルクコーヒーをペットボトルからドボドボと入れて一気に飲むシーン。さりげない描かれ方から生活感がリアルに伝わってきます。

まずストーリーがあって、そこに料理があるんです。なので私の仕事は、そこにあるべき料理を発想することと、その料理を与えられた環境でつくり出す調理科学のような技術の両方が求められていると思っています。

飯島奈美さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーー家庭料理の定番メニューをテーマ別に紹介したレシピ『LIFE』のシリーズ最新作『LIFE 12か月』でも、ストーリーに合わせた料理やレシピが紹介されているということです。

重松清さんが書き下ろした12の物語をもとに私が料理とレシピを考え、その料理を試食した重松さんがさらに物語を調整するという共同作業でできあがった本です。

ある物語では、若さを過信して入院するはめになったお父さんを家族が気遣っています。退院後の献立は、ヘルシーだけれど見た目は入院前と変わらないようにしてお父さんを元気づけようと、高菜の漬物で味付けをしたお豆腐餃子にしました。

LIFE12か月』(飯島奈美 重松清 著)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

私の場合、むしろ縛りがあるほうがやりやすいんです。何でもいいから好きなものをつくってくださいと言われたとしても、やはり自分の中で設定を考えます。

『LIFE』シリーズで家庭料理の定番レシピを考えたときも、自分が好きなハンバーグではなく、人気店のハンバーグを食べ歩いて、世の中の多くの人が好きそうなハンバーグのレシピをつくりました。設定は、受験勉強を頑張るお兄ちゃんを応援する日曜日のお昼ごはんにしました。

長く愛用している道具は機能性が高いもの
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

料理やレシピは朝目覚める瞬間に思いつくことが多いのですが、インプットも欠かせません。海外や日本の各地を訪れるとさまざまな料理を食べて、「ここで忙しく働いている女性はこんなものを食べているんだ」「この地方出身の人ならこんな料理をつくるだろう」などと考えながらレシピの参考にしています。

フードスタイリストというなりたい仕事に携わることができて、仕事が楽しくてただただ続けてきました。これからも、ひとつひとつの仕事を楽しみながら、丁寧にやっていけるといいなと思っています。

連載「職人の手もと」

職人の手もと」は、ものづくりに真摯に向き合う職人たちの姿勢から、日々の仕事や暮らしに生かせる学びをお伝えするシリーズです。

連載「職人の手もと」サイドバー2022
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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