おきぐすりの富山で生まれた、薬が不要な未来を目指すカフェ。崖っぷちの5代目が考える健康とは

小林明子

中国、オランダ、ベトナムなど海外の建築系メディアがこぞって取り上げているカフェ「mokkado(モッカド)」。富山県射水市の住宅街に2024年8月にオープンしたばかりのこのカフェが注目を集める理由は、建築やデザインの面だけではありません。江戸時代から富山に根ざしている配置薬の精神が、新たなスタイルで表現された空間だからです。

チャイとかき氷を提供する「mokkado cafe(モッカド カフェ)」は、富山市の隣の射水市の、閑静な住宅街に佇んでいます。築100年を超える日本家屋の梁や土壁を生かしながら全面改装した店内は、温かみのある赤土色の土間と、庭園を望む開放的なつくりが特徴です。

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改装後の内装
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
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改装前の家屋
写真提供:佐渡英泰さん

年季の入った木材でできた椅子や、石を割ったままの形のテーブルは、改築工事のときに出た廃材や、床下にあった石を再利用したもの。カフェを運営する相互商事代表の佐渡英泰さんは、こう話します。

「『懐かしい未来へ』をコンセプトに、古いものの美しさを生かしながら進めていったので、構想から完成まで4年かかりました。まちの駄菓子屋のように、大人にとっては懐かしく、こどもにとっては記憶に残る。そんな空間を目指しています」

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

佐渡さんは、武蔵野美術大学でデザインを学び、卒業後は内装設計の会社に就職。その後、インテリアデザイン事務所で、ラグジュアリーホテル、海外の大型商業施設のレストランなど、多くの著名なインテリアデザインに携わってきました。

古民家を改築するにあたり、20代で培ったデザインの経験を存分に生かした佐渡さんですが、現在のもうひとつの顔は、製薬会社の社長。mokkadoの隣の敷地にある、1948年創業の源平製薬株式会社の5代目でもあるのです。

自転車で薬を売った父

mokkadoはもともと、源平製薬の創業者である佐渡さんの大叔父の住居でした。

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改装後の外装
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
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改装前の内装
写真提供:佐渡英泰さん

大叔父は1948年8月、医薬品製造の会社を富山で設立。その後、佐渡さんの祖父が富山で医薬品をつくり、その医薬品を父が札幌を拠点に配置販売していました。

「僕は札幌で生まれたので創業者である大叔父のことはよく知らないのですが、父は札幌でゼロから配置販売をはじめ、極寒の冬でも自転車に乗って1軒ずつ家庭を訪問し、薬を届けていたそうです。やがてバイクになり、車になって開拓していったと聞いて育ちました」

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店内には薬袋にまつわる品が展示されている
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

江戸時代にはじまったとされる富山の配置薬業は、行商人が各家庭に薬を預け、使ったぶんだけ後から代金を受け取る「先用後利」と呼ばれる独特の販売システムで、全国に販路が拡大しました。行商人同士で地域ごとに「示談」と呼ばれる営業ルールを決め、お互いの利益を維持していたことが、富山市売薬資料館の展示資料に記されています。

源平製薬では、佐渡さんの祖父が製造を、父が営業を統括する分社体制で、健康食品やサプリメントの製造販売にも事業を広げていきました。

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カフェで提供しているお菓子「ブリスボール」
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

一歩でも下がったら落ちる

ところが、祖父が体調を崩し、父が北海道と富山を行き来しながら両方の会社をみることに。久しぶりに東京で父と会い、その話を聞いた佐渡さんは「帰らなければ」と決意しました。

「経営を知らない、薬のことも知らない。デザインしか学んだことがない30歳が、住んだこともない富山にやってきて、経営状態がジリ貧の会社に突然、入社したんです」

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カフェのオーナーであり、製薬会社の社長でもある佐渡英泰さん
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ドラッグストアの台頭で配置薬の需要が減ったうえ、源平製薬では分業体制があだとなっていました。製造拠点だった富山には、営業担当もいなければ販売のノウハウもない状況で、まずは販路を開拓しなければならなかったのです。

佐渡さんは配置薬の販売会社を探したり、ドラッグストアに営業に行ったりしましたが、軒並み門前払い。ある営業先から「楽天で1位になったら置いてあげてもいい」と言われ、「それなら自分の思いを詰めた言葉で売るほうがいい」と奮い立って通販事業に参入しました。

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薬づくりにまつわる古い道具を展示している
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

しかし、通販をはじめてわずか1年の2015年ごろから、耳鳴り、突然の高熱、不眠など、身体の異変に悩まされるようになりました。

「がむしゃらに気持ちだけでやってきたのですが、知識不足、キャパオーバーで身体がついていかなくなりました。前職から徹夜には慣れていたつもりでしたが、働けないようではいよいよ崖っぷちでした。心と身体が一致しない日々で、一歩でも下がったら崖から落ちるような感覚が続いていました」

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

真の健康とは

佐渡さんはこの頃、自分の心身の不調と重ね合わせて「薬の役割は何か」「健康とはどういう状態か」を突き詰めて考えるようになったといいます。いったん病気になると、悪循環で身体も心もどんどん不調になっていきます。であれば、「未病」と言われる病気の手前の段階でアプローチして、逆にポジティブな循環をつくることはできないものか、と。

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カフェの梁(左)。もともとあった天井を生かし、懐かしさのある内装にこだわった
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「僕は30歳でデザインの道をあきらめ、家業に入っても中途半端で、会社の存続まで危ぶまれるところまできてしまった。自分のキャリアが点にしか見えず、自分を認めることができていませんでした」

「でも、考え方を逆にすると、そんなキャリアを歩んできたのは僕だけしかいません。点を一本の線にすることができたら、強みになるかもしれないんです」

経営を知るために通信教育で学んでMBA(経営学修士)を取得したことも、考え方を変革するきっかけになりました。

創業ゆかりの地で、過去のデザインの経験を生かしながら、漢方をもっと身近に感じられ、「未病」からアプローチするカフェをオープンする。点と点をつなぐことで自分ならではの形にするmokkadoの構想が固まりました。

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黒ごま、生姜シロップ、きなこ、玄米フレークなどを使った「黒ごまきなこのかき氷」(左)とチャイ(右)
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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「漢方は誰もが飲んでいいものではありませんが、桂皮(ケイヒ)はシナモン、生姜(ショウキョウ)はしょうがなど、スパイスに置き換えると日常的に誰でも取り入れることができます。店内には薬草を植え、身体だけでなく心も豊かになれるような居心地のよさを目指しています」

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

佐渡さんは社長でありながら、カフェで接客や食器洗いをすることもあれば、製薬会社で通販の漢方の注文を受けることもあります。

電話で「おたくだから注文したい」と言われるたび、祖業の重みを感じるのだと話します。

「人と人との信頼関係やつながりは、配置薬業が大切にしてきたことであり、一代では決して築けないものです。先代に感謝するとともに、こうしたぬくもりこそが真の健康につながると考え、この空間を通して提供していきたいです」

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特集:時を超えた価値
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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