坂本美雨さんから、小学生の娘と自分へ。「いいかげんでも、楽しいほうがいい」
こどもと過ごす何気ない一瞬を温かなまなざしで切り取ったエッセイが人気の坂本美雨さん。ミュージシャンとして全国を飛び回る中で2022年4月、長女の小学校入学を迎えました。1年生になる前から別々の人格をもつひとりの人間として接してきたという母と娘。小学校生活でどんな変化があったのか、うかがいました。
娘が小学校に入学する直前、私は全国ツアーの準備や本の執筆に追われていて、仕事の佳境を迎えていました。4月からの環境の変化に備えて準備をしたり、事前に通学路を一緒に歩いてみたりしたほうがいいと聞いてはいましたが、そんな余裕もなく......。
娘にとって大事な時期でしたが、私にとっても大事な時期だったんです。お道具の名前つけはがんばったかな? ちょっと記憶があやふやです。
娘は生後2カ月の頃からよく私の仕事場に連れて行っていたので、新しい場所に行ったり知らない大人と接したりすることには慣れています。心配だったのは、同世代のこどもたちとうまくやれるかということでした。
彼女の、深いところにはとても優しい心があるのに、素直になれなくて伝え方が不器用なところが少しあるように思います。その性格が同級生から敬遠されてしまったらどうしよう、というのが入学前に最も不安に感じたことでした。
でも、飛び込んでみるしかないんですよね。親がいくら注意したとしてもそれは彼女の本質で、変わるものではありません。そのつど相手の反応を見て、「こうされると相手は嫌なんだな」「この言い方はきつかったかも」などと自分で知っていくしかないですもんね。
こどもが自分の社会を持つ
学校って、自分とは違う個性を持ったたくさんの同級生と出会い、それぞれのキャラクターをぶつけ合える場所なんだと思います。こどもなりに周りを観察し、自己主張のさじ加減を学んでいく。つまりこどもが自分の社会を持ち始めるので、もう親がタッチできる領域ではないんですよね。
小学校の先生からクラスでの娘の様子を聞いたり、もめごとがあったと報告を受けたりすることもありますが、娘から直接聞いていないことは、知っていると娘に言わないようにしています。
大人同士が自分の噂をしているってわかったら不安になるじゃないですか。学校や学童保育の先生たちも「報告はしますがおうちでは触れなくていいです」と言ってくださるので、こどもとのそんな距離の取り方はとてもありがたいです。
生々しい自分を見せる
お腹の中にいたので、娘のことを分身のように感じるものなのかなと想像していたんですが、生まれた瞬間から、娘は私とは別の人格を持った人間だという感覚が強くありました。完全に別の人生を歩み始めたひとりの人間で、コントロールできる存在ではないとはっきりと感じました。
子育て日記をまとめた著書のタイトルである『ただ、一緒に生きている』。うちは本当にそうなんです。娘と私は別々の人生を歩んでいて、ただ隣にいて一緒に生きているだけ。一緒に育っていると言ってもいいかもしれません。
人生経験はちょっとだけ娘より多いから、余裕があるときは懐深くいてあげたいと思うけれど、余裕がないときは自分の気持ちをストレートにぶつけることもあります。ひとりの人間として正直に生きていて、世の中で言われる「お母さんらしい」ことはできていないと思います。
「お母さん」になれる人はめちゃくちゃかっこよくてうらやましいけれど、私には「お母さん」を演じるのは難しいので、生身の自分で娘と向かい合っています。
感情の起伏で娘には迷惑をかけているかもしれませんが、寛容に育ってくれています。私がすべてをさらけ出しても、きっとこの子は大丈夫だという信頼も不思議とあるんです。
私がすべてを見せるのは、そうすると相手もすべてを見せやすくなるから。娘には周りの人に魂の弱いところを見せてほしい。甘えられる人、助けを求められる人になってほしいんです。
平日に映画を観てもよし
人間って毎日、天候や温度や湿度や周りの人の雰囲気に左右され、ふわふわな状態で生きています。毎日違って当たり前。気分が乗らなかったり、心や体がついてこなかったりする日もあります。学校や仕事のように「毎日行かなければならないもの」を息苦しいと感じる人もいるでしょう。
もっと自然な揺らぎに耳を傾けていいし、自分だけでなく家族や友達、仕事仲間もみんな揺らいでいるものとしてとらえる、そんな人間らしい社会になってほしいと思っています。
子育てや教育において、親としてできる限りのことをしてあげたいという気持ちは自然ですし、何かをやり遂げた達成感は何物にも代えがたいでしょう。でも、そういう教育的なことが全然できなかったとしても、楽しく過ごせたらいいかなと思っていて。
宿題をちゃんとやらせなきゃ、鉛筆はちゃんと尖っているかしら。そんな「◯◯しなければならない」をどんどん増やすのではなく、こどもが揺らいでいるなら一緒に揺らいでみたり、サボりたいときには一緒にサボったり。
うちにとっては、まず遅刻をしないというのが高いハードルだったんですけど(笑)。それよりも娘が学校から帰ってきて元気そうだったら平日でも映画を観て、ファミレスで食事を済ませて。娘が一番好きなメニューはお母さんのご飯じゃなくてラーメンだけれど、1週間でなんとなく栄養バランスがとれていればよしとしています。
いいかげんでも、楽しいほうがいい。
娘が小学校に入学して、より一層そう思うようになりました。楽しいのが一番。親もまず、自身が楽しんでほしいなと思います。
Photo : 永澤結子 / Styling : 石橋修一 / Hair&Make-up : 星野加奈子 / Costume : Velnica、MARIHA
撮影協力 : 積水ハウス 駒沢シャーウッド展示場「HUE(ヒュー)」
新学期は、学校生活で心配なことが増えたり、さまざまな家庭の子育てに触れる機会が訪れたりする時期。小学生の子育てには、乳幼児期とはまた違った悩みが生まれます。
OTEMOTOでは、親子サポートプロジェクト「6歳からのneuvola(ネウボラ※)」をスタート。こどもが小学1年生になる保護者が悩みがちなテーマについて、"先輩"や"同期"にあたる保護者たちのリアルな声をアンケートで募り、紹介しています。
※ ネウボラ = フィンランド語で「アドバイスの場」という意味。妊娠期から子育て期まで切れ目のないサポートを提供する自治体が日本でも増えています。
また「6neu応援団」として、課題解決をともに考え、親子をサポートする企業や団体を募集しています。詳しくはこちら(contact@o-temoto.com)からお問い合わせください。