耳が聞こえにくいと言えなかった重度難聴の作曲家、「耳マーク」の大切さをピアノで奏でる

小林明子

「耳マーク」を知っていますか? 聞こえが不自由なことを表すマークですが、その意味を知っている人は多くはありません。重度難聴でありながら作詞作曲とピアノ演奏で数々の入賞を果たしている作曲家と動画クリエイターらが協力し、「多くの人たちに耳マークを知ってほしい」と3部作の動画を制作しました。

「耳マーク」とは、聞こえが不自由なことを表すと同時に、聞こえない人・聞こえにくい人への配慮を表すマークです。

耳マーク
「耳マーク」
画像提供:全日本難聴者・中途失聴者団体連合会

外見からわかりにくい障害

聴覚障害は外見からはわかりにくいことから、公共施設の窓口や病院で呼ばれても気づかず後回しにされるなど日常的な不便がつきまといます。援助を必要とする人と援助をする人がコミュニケーションしやすくなるようにと1975年、「耳マーク」がつくられました。

マークのデザインは、耳に音が入ってくる様子を矢印で示しており、一心に聞き取ろうとする姿を象徴したものになっています。

聴覚障害がある人は、耳が不自由であることを表すときに耳マークを提示します。一方、公共施設や薬局の窓口、コンビニのレジなどでは、聴覚障害のある人から要望があれば援助できることを示すために耳マークを掲示します。

必要な援助は人それぞれですが、「口元を見せてはっきり話す」「筆談をする」「名前を呼ぶだけでは気づきにくいことをあらかじめ理解する」など、周囲がコミュニケーションを工夫することで聴覚障害がある人の不便を解消することがねらいです。

しかし、2017年の内閣府の調査によると、「耳マーク」の認知度は12%。マークの存在や意味を知っている人は多いとはいえません。

耳マーク
耳マークの認知度は12.0%(各マークのカッコ内は認知度)
出典:内閣府「障害者に関する世論調査」

そこで全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)が2023年10月、「耳マーク啓発用動画」として3曲の歌を制作し、YouTubeで公開しました。

耳マーク
出典:「みんな友だち耳マーク」
作詞:紡夢 / 作曲・ピアノ演奏:大山明美 / 歌:大山遥 / 絵・動画制作:やまみのクリエイト

「耳のマークと歩む道」「みつけたよ!耳マーク」「みんな友だち耳マーク」の3曲すべての作曲とピアノ演奏を担当しているのは、自身も重度難聴の大山明美さんです。また、歌っているのは娘で健聴者の大山遥さんです。

大山明美さん
大山明美さん(左)と娘の遥さん
写真提供:大山明美さん

大山さん自身も「耳マーク」の普及には課題があると実感してきたと話します。

「最近、病院や役所に耳マークが設置されるようになりましたが、マークの意味がよく理解されておらず、認知度がまだまだ低いと感じます」

全難聴から依頼を受け、「日本のすべての人たちに耳マークを知ってもらいたい」という思いをこめて歌をつくりました。ピアノの美しい旋律と、3曲それぞれ異なる曲調が印象的です。

耳マーク
出典:「みつけたよ!耳マーク」
作詞:上田はる / 作曲・ピアノ演奏:大山明美 / 歌:大山遥 / 絵・動画制作:やまみのクリエイト

聞こえるふりをしていた

大山さんは2歳のときに高熱を出したことが原因で、耳が聞こえづらくなりました。ただ、音感は母親譲りで優れており、6歳のころからテレビのボリュームを大きくして歌を覚えては、自分で伴奏をつけてピアノで弾いていたといいます。

東京音楽大学付属高校から同大学ピアノ科に進学。ところが、大学2年生の時にますます聴力が落ち、中退を余儀なくされました。

「精神的にもつらかった時期でした」と大山さん。それでも、19歳から独学で作曲を勉強し、NHKの視聴者参加型の音楽番組などさまざまなコンクールで入選を果たします。

大山明美さん
写真提供:大山明美さん

「20歳のときにNHKホールの舞台に立つことになったのですが、自分が難聴者であることを恥ずかしくて言えないままリハーサルに入りました。司会者の言葉が聞き取れず、質問と違う答え方をしてしまいました」

「当時は文字通訳者や手話通訳者という情報保障がなく、聴覚障害者に対して今ほどの理解はありませんでした。会話が聞こえなくても笑って聞こえているふりをし、聞こえないことを隠してきました」

たくさん曲をつくったものの、難聴のことに触れた曲はありませんでした。45歳のとき、障害がある人たちが作詞や作曲をした作品を披露する「わたぼうし音楽祭」に参加したことがきっかけで、初めて難聴のことを自らの言葉で紡いだ「Where you gone?」を作詞・作曲しました。

でも私は知っているのよ

君の美しさを

調べの中に隠れている

輝いた宝物を

だけどそれは心が奏でる旋律よ

遠い思い出の彼方から聴こえてくるの

希望(ゆめ)をあきらめないわ

すべての音が戻る日を

生まれた頃に聴いていた音を

この耳にもう一度

ずっとあきらめないわ

少しずつ遠くなっても

音楽が大好きだから

強く希望を信じて

「Where you gone?」より抜粋(作詞・作曲・ピアノ演奏:大山明美 / 歌:大山遥 

この曲は大山さんの宝物となり、遥さんの歌との親子セッションも実現しました。

「つくっている最中も涙があふれて大変でしたが、つくり終わったら喜びの涙があふれました」

手続きは電話でと言われ

聞こえない人や聞こえづらい人に配慮されていない場面は社会にまだ少なからずあり、ふだんの生活でも不便を感じることがあると大山さんは話します。

「銀行や公共機関などの手続きでは、電話で問い合わせを求められることが多いです。メールやファクスではだめだと言われることが多いのです」

特に困ったのはコロナ禍でした。

「難聴者は会話を聞き取るとき、口の動きを読み取って言葉を理解することが多いため、マスクを着けていると何を言っているのかわかりません。『マスクを外してください』とお願いすると嫌な顔をされたこともあります」

耳マーク
出典:「耳のマークと歩む道」
作詞:舛田美子 / 作曲・ピアノ演奏:大山明美 / 歌:大山遥 / 絵・動画制作:やまみのクリエイト

また、災害時には音の情報が届かないことがリスクになります。

「災害時に頼りになるとされるラジオを聞くことができません。私の場合は健聴の家族がいますが、ひとり暮らしの友人は情報が届かないことを不安に感じています」

大山さんは「耳マーク」の動画などを通して、聞こえない人や聞こえづらい人の日常について多くの人たちに知ってほしいと話します。また、ライブや音楽講演会では、歌詞を配ったり歌詞の字幕映像を映したり、手話を使ったりして、聞こえない人たちに届ける工夫もしています。

「今後はまた難聴をテーマにした歌をつくって、仲間たちと共有できるとうれしい」

そう話し、音楽講演会や新たな作品の発表などの創作活動に意欲を見せています。

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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