タオルを愛する大人たちの「部活」。驚くべき行動力に、イケウチオーガニックの反応は

小林明子

京都市営地下鉄烏丸線にサプライズで掲載された「イケウチオーガニック70周年おめでとうございます」という応援広告。IKEUCHI ORGANICのタオルをこよなく愛するファンが手掛けたものでした。実は、ファンの活動はこの広告だけにとどまりません。企業と顧客の意外な関係を取材しました。

イケウチオーガニック広告
京都市営地下鉄烏丸線にファンが掲出した、IKEUCHI ORGANICの70周年を祝う広告
森田利浩さん提供

「IKEUCHI ORGANIC部(仮)から、IKEUCHI ORGANIC様へ。70周年のお祝い広告を出させていただきました!」

2023年2月21日の夜8時ごろ、Facebookに突然こんな投稿がアップされました。「ファンの想いも よく吸うタオル。」というコピーと、真っ白なバスタオル。ファンたちが京都市営地下鉄烏丸線の車両内に応援広告を掲出したという報告です。

知らせを受けたIKEUCHI ORGANIC代表の池内計司さんの驚きようといったら、「呼吸困難を起こした」とまで表現されるほどでした。

出典 : IKEUCHI ORGANIC部(仮)Facebookページより

寝耳に水だった

IKEUCHI ORGANICは、愛媛県今治市で1953年に「池内タオル工場」として設立。2代目代表の池内さんは2000年代からオーガニックコットンを使用した自社ブランドに注力し、使用電力を100%風力発電でまかなったり、食品工場の安全基準をタオル業界で初めて取得したりと、環境配慮や安全性にこだわったものづくりの姿勢を貫いてきました。

2017年からは工場見学などができるイベント「今治オープンハウス」を開催して顧客との交流を深めてきましたが、今回の応援広告は「寝耳に水だった」と池内さん。

「何これ?嘘だろ?と社内は大騒ぎ。直前の2月11日に京都ストアで創業記念のトークイベントをしたときに来てくれたファンの方も、何のそぶりも見せなかったんですから」

イケウチオーガニック広告
応援広告を掲出した「IKEUCHI ORGANIC部(仮)」部長の森田利浩さん
森田利浩さん提供

応援広告を掲出したのは、ファンコミュニティである「IKEUCHI ORGANIC部(仮)」。部長の森田利浩さんは、京都市の広告代理店「実業広告社」で制作部のディレクターをつとめています。

もともと仕事で交通広告を手掛けていた森田さんが応援広告を発案し、制作を担当。ファンたちに声をかけて掲出料の寄付を募ったわけですが、その前に、そもそもこの「IKEUCHI ORGANIC部(仮)」とはどういうコミュニティなのでしょうか。

働く人たちが憧れる70代

森田さんがIKEUCHI ORGANICを知ったきっかけは、「妻が友人の出産祝いにタオルを買っていたから」。2016年に夫婦で京都ストアを訪れたとき、近く池内さんのトークセッションが開催されると知り、ふらりと出かけてみたのでした。

「僕はSDGsを掲げるようなアプローチが苦手だったので斜に構えていたんですが、池内代表の『しんどいことは美しい』という言葉が、なぜかそのタイミングで深く突き刺さったんです。それで池内代表の人柄にノックアウトされました」

そのトークセッションは、池内さんと京都の農業スタートアップ「坂ノ途中」代表の小野邦彦さんによるもので、会場には「よいものをつくりたい」「社会をよくする仕事がしたい」という熱量が高い人たちが集まっていました。

広告の仕事をする森田さんにとって、そこで出会ったメンバーとは「タオルや池内代表が好き」という共通点にとどまらず、仕事観や感性でも通じるところがありました。やがて、IKEUCHI ORGANICと関係ないところで、ビジネス上の横のつながりに発展していきました。

池内計司代表
職人と話すIKEUCHI ORGANIC代表の池内計司さん(左)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「ちょっとオーバーな言い方かもしれませんが、みなさんの池内代表に対する信頼がとてつもなく分厚いんです。代表の言葉に力があるだけでなく、実際につくっている商品もクオリティが高いので、池内代表とIKEUCHI ORGANICのタオルとの間に齟齬がないからです」

「僕はいま50代ですが、年齢を重ねると憧れる存在が少なくなってくるんですね。そこで70代の池内代表が頑張っていると、『僕らも頑張らないといけないな』って。兄貴のような池内代表を柱にして、ファン同士がつながっていったような気がします」

お客なのに店番

タオルの手触りや使い心地だけでなく、タオルをつくる人の想いに共鳴したファンたちは、「何か役に立てないか」という思いから具体的な活動をはじめていきます。ゆるいつながりを「部活」とネーミングしたことで気軽に活動できるようになった、と森田さんは話します。

IKEUCHI ORGANICは京都の祇園祭の際、期間限定の「函谷鉾(かんこぼこ)店」を出店しています。人手が足りず困っていると知った森田さんたちが2018年に店番を買って出て以来、函谷鉾店は例年、ファンの間でシフトを組んで店番を回しています。

「函谷鉾店は朝10時から夜10時まで、猛暑と人混みの中で大変な仕事です。手伝ってくれた方たちに感謝の気持ちだけでもしなければと思ったのに、『私ら部活なんでお金なんかいりません』と言われてしまって」(池内さん)

出典:IKEUCHI ORGANIC部 Facebookページ

2018年、西日本を中心に降り続いた大雨により、約5万棟の住宅が浸水や損壊し、死者・行方不明者が230人を超える大水害がありました。森田さんの知人も被災地にボランティアに駆けつけていたことから、「僕らに払うのではなく、寄付に回してください」と池内さんに伝えたところ、「すぐに会議をしてくれたようで、被災地に寄付するという連絡が翌日ありました」(森田さん)

「イケウチの役に立つだけでなく、社会の役にも立っているのだと意義を感じられたことで、これが大人が無報酬で集まって盛り上がるという『部活』のひとつのスタイルになりました」

(仮)がついている意味

この「部活」は、コロナ禍で緊急事態宣言が出たときにも、Facebookやオンラインのファンミーティングを通して広がっていきました。

ところで、なぜ「IKEUCHI ORGANIC部(仮)」には(仮)がついているのでしょうか。

「最初に部活のネーミングをしてくれた人が(仮)とつけていたんですが、いつでも変わる余地があるという意味で、(仮)はつけたままにしようということになりました。僕たちは決して妄信的なファンというわけではないんです。言うときは言いますから(笑)」

モノ言う株主ならぬ「モノ言うファン」であることが(仮)の文字にはこめられているのだと森田さん。池内さんも「うちのお客さんはストレートに嫌なことは嫌と言うんです」と話します。

イケウチオーガニック
工場に併設された今治ファクトリーストア。地下鉄の掲出期間を終えた応援広告が飾られている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

IKEUCHI ORGANICでは新製品ができると、顧客に向けて90分間の商品説明会を開いています。このため社内から新製品の提案があったときは、「この商品で90分間しゃべることができるか」というのも採用の基準のひとつだそう。

「『この色かわいいでしょ』だと90分なんてもたないですよね。『このメーカーのこの商品が売れているので』という提案だったら、『そこの社長を紹介するから転職したら。他にあるものはうちは絶対につくらんから』と言いますね」と池内さん。

そのように厳しく選び抜かれ、縫製の工程もクリアして試作品になった新製品でさえ、説明会で「お客さんの目が輝いていない」(池内さん)と、ボツになることもあるそうです。

森田さんが以前、気になってモノ申したのは「オーガニック140ライト」。通常のタオルは両面を糸がループ状になったパイル生地にすることでしっかり吸水しますが、これは乾きが速くなるよう裏面のパイルをカットしたバスタオルです。

「吸水力のイケウチがそれはないでしょう、と。もっと文句を言ってやろうと、とりあえず買ってみたんです。そうしたら、すぐに乾くうえに吸水力も担保されている。使っていくうちに2番目に好きなタオルになり、代表に謝りました」

「いつも『代表、これはちょっとないですわ』と言うとムッとした表情をされますが、発売されるときには僕たちの意見がきちんと反映されているんです。だから僕たちもきちんとお伝えしなければいけない責任を感じます。それに、最終的にはいいものにしてくれるだろうという信頼感もあるんです」

応援させてもらってありがとう

さかのぼれば、IKEUCHI ORGANICはファンに支えられてきた企業でした。

1999年に設立したオーガニックタオルの自社ブランド「IKT」が海外の展示会で受賞を果たし、知名度が上がってきた2003年、主要な取引先だった東京の問屋が自己破産。年商の7割を占めていた取引先を失ったうえ、売掛金の焦げ付きで約10億円もの負債を抱えました。

池内さんはそこで受託生産から自社ブランドへとかじを切る選択をし、追加融資を受けず、民事再生法の適用を申請したのです。決断できたのは、ファンの応援があったから。知らない間に「がんばれ池内タオル!」という個人サイトがつくられており、「あと何枚タオルを買えば存続できますか?」という応援メールが3桁に近いほど届きました。

池内さんは、ファンの存在についてこう語ります。

「ものづくりをする人間が独断的につくるものって、基本的に売れないんですよね。うちはかなり僕の独断でつくっていますし、今治タオルの中でもケタ違いに高い。それなのに買ってくれる人たちがいて、さらに『ありがとう』『買わせてもらいました』と感謝されたりもします」

「だから、この人たちが嫌な思いをすることは絶対にやってはいけない。うちのブランドの強みは、ファンの方たちがいることなんです」

Akiko Kobayashi / OTEMOTO

70周年でファンが個人で寄付をして応援広告を出すことになったのは、企業と顧客の信頼関係が脈々と受け継がれてきたことも背景にはあったのでした。

さとなおさんことコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんも、応援広告の寄付に協力した一人。Facebookでこんなメッセージを寄せました。

「毎朝毎昼毎晩、タオルを愛用し、気持ちいい思いをさせていただいています。アイドルやアーティストに対してだけでなく、企業やブランドに対しても『ファンは応援したい』のです。逆に、応援させてくれてありがとう、という気持ちです」

ものづくりの交換

森田さんは応援広告についてこう振り返ります。

「イケウチさんって、CMや広告をされない会社なんです。広告を生業とする者としては、社会的意義のある会社に公共空間に広告を出してほしいという想いもありました」

サプライズで広告を掲出するにはいくつものハードルがありました。ただ森田さんが最も難しいと感じたのは、池内さんに認められるクオリティのものがつくれるかどうか、だったといいます。

「ファンが勝手につくるとはいえ、70周年は池内さんにとって大事な年であり、イケウチの歴史に残るもの。それだけのクオリティのものをつくらなければならないというプレッシャーがありました。喜んでもらえたときに、やってよかったという満足感と同時に、安堵感や解放感がありました」

ところが、です。森田さんの安堵をよそに、池内さんのものづくりにかける情熱は、その斜め上をいくものでした。

池内計司代表
応援広告の前で、京都ストアの益田晴子店長(左)と池内代表
池内計司代表
森田利浩さん提供

掲出期間が終わった広告はIKEUCHI ORGANICに寄贈し、工場に併設された今治ファクトリーストアの壁に飾られています。その写真を見たとき、森田さんは「あっ」と驚きました。池内さんが烏丸線に乗車したときに広告を食い入るように見ていたのは、このためだったのか.......。

「烏丸線の車内広告のスチールのフレームとそっくりなフレームを使って飾られていたんですよ。広告にのせた僕たちの思いを完全に再現したかったんでしょうね。池内さん、いつも僕たちの期待を上回ることをやってくるんですよね。またやられてしまいました(笑)」

池内さんや社員たちから想像を上回るほどの感謝をされ、「ファン冥利に尽きます。今まで以上に応援したい」と森田さんは話していました。

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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