カンヌライオンズ受賞のヘラルボニーのビジネス論。「障害」という言葉を使わなくてもいい社会に

小林明子

世界最高峰のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ」のグラス部門で「GOLD」を受賞するなど、グローバルなインパクトを次々と獲得しているヘラルボニー。創業から一貫して、障害のある人の「支援」ではなく「ビジネス」であることを明確に打ち出してきました。利益を追求し、企業として成長して社会を変える力をつける。そのコーポレートアイデンティティについて、代表取締役 / Co-CEOの松田文登さんに聞きました。

ーー障害のある作家が描くアート作品の知的財産を管理し、企業からの使用料の一部を作家に支払うというビジネスモデルです。

私たちの兄の翔太は重度の知的障害を伴う自閉症があり、兄の暮らすこの世界を少しでもよくしたいという思いからヘラルボニーを始めました。

いまの日本で、障害のある人が雇用契約を結ばずに働く就労継続支援B型事業所の平均賃金は、月額で2万3053円(2023年度)。私たちはこれを引き上げることで、障害のある人の社会的地位の向上を目指しています。

ヘラルボニー
岩手県盛岡市にオープンした「ISAI PARK」にて
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

これまで54施設243人の作家と契約を結び(2025年1月時点)、2000点を超える作品のIP(知的財産)を管理してきました。ライセンス事業の成長に伴い、契約作家へのライセンス料の年間総額は、過去3年間で15.6倍になりました。

こどもが生まれて障害の診断を受けた時点で、「将来の収入をあきらめた」「親が亡くなった後のことが心配でたまらない」といった声を何度も聞いてきました。収入が生まれるのは素晴らしいことですし、対等な立場で承認される感覚や、人の心を動かす作品を生み出す喜びなど、お金に換えられない豊かさも生まれます。

松田文登さん
松田文登(まつだ・ふみと) /  株式会社ヘラルボニー 代表取締役/Co-CEO
1991年岩手県生まれ。東北学院大学卒。株式会社タカヤで被災地の再建に従事後、双子の弟・崇弥と共にへラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、福祉を起点に新たな文化の創造に挑む。ヘラルボニーの国内事業、主に岩手での事業を統括。岩手在住。Forbes JAPAN「CULTURE-PRENEURS 30」選出、第75回芸術選奨(芸術振興部門)文部科学大臣新人賞 受賞。

ーーあくまで作品に対する作家への報酬であり、NPOやチャリティーの仕組みとは一線を画しています。

私たちは福祉の仕事の経験がなかったので、事業をスタートしたときから、さまざまなことに「これは本当に意味があるのか」「障害のある人たちの役に立っているのか」と双子の崇弥と話し合ってきました。その結果、悩み続けて行動を起こさないよりも、まずは圧倒的に強いブランドになるために努力することが、結果的に「近道」になるという思考に至りました。

つまり、社会にインパクトを残せるくらいの企業になり、発信力が増えれば、障害福祉の課題に企業としてアクセスしていけるかもしれないし、いずれ財団などをつくれるかもしれない。芯さえ見失わずにビジネスを成功させれば、社会を変えられる力を獲得できるはずなんです。 

Akiko Kobayashi / OTEMOTO

まったく新しい風景をつくる

ーー福祉の領域にビジネスの文脈を持ち込むことに、ネガティブな反応はなかったのでしょうか。

なぜビジネスがタブー視されるのかをまずは問いたいところですが、これまでの業界の常識に新たな価値観が入れ込まれた状態になっているので、既存の福祉にとっては、目に見えない恐怖のような感覚はきっとあるだろうと想像します。

現場の福祉施設の支援員さんは一生懸命にサポートしていますから、就労継続支援B型事業所の平均工賃の月額2万3053円が「低い」という捉えられ方になるとやりきれない。かといって、ヘラルボニーのようなやり方を福祉施設でやるのも難しい。福祉の現場を知らない企業に否定されたという思いになるかもしれません。

それでも、目指す方向は同じです。私たちも、兄が豊かに暮らせる社会を実現するための選択をし続けていきたいだけ。あくまで挑戦の幅をつくる会社として、挑戦したい人たちを巻き込んでいけたらと思います。

ただ、これまで障害がある人たちにここまでの収入がある世の中になったことがないので、これから先まったく新しい風景になるかもしれません。そもそも株式会社でへラルボニーという事業をすることそのものが、障害福祉にとってベストな選択なのかどうかは、おそらく時代が判断することなのだと思います。

ヘラルボニー
「Cannes Lions International Festival of Creativity」にて「Glass: The Lion for Change」ゴールド受賞。「SDGs部門」でもショートリストにノミネートされた
出典:ヘラルボニー

ーー創業の頃と比べて、社会が変わった手応えはありますか。

ヘラルボニーの前身のブランド「MUKU」をつくった頃は、企業とプロダクトをつくりたくても話すら聞いてもらえませんでした。双子そろってさまざまなイベントに参加して名刺交換をして、次の日にメールを送っても、アポはなかなか取れませんでした。

それでも、30人と会うと1人くらいはとんでもなく共感してくれる人がいるんです。その人に社内を巻き込んでもらうために、社内向けの無料の講演をさせてもらいました。するとそこでまた共感してくれる人がいて、仲間が増える。結局は熱の連鎖でしかないのですが、毎日のように講演をしたら、7割ほどが契約に進みました。

ビジョンに雇われる

ヘラルボニーは、チャリティーではなく、あくまでアートとしての価値で勝負したいと思っています。ですが、主義を貫いても売れなければ意味がなく、作家さんに還元することもできません。チャリティーの要素を入れることで共感を集めるという不本意な売り方をせざるを得なかった時期もありました。

そんなときに、よく相談に乗ってもらっていた経営者の方から「ビジョンに雇われ続けてほしい」という言葉をいただきました。

本当に社会を変えたいなら、上を目指し、会社を大きくする必要がある。経営者の役割は、従業員の船頭となってビジョンに圧倒的に雇われ続けることだ、と。そのように導いてもらえたおかげで、そのときどきのタイミングで何を大切にすべきかが明確になりました。

ヘラルボニー
世界65の国と地域から1320人のアーティストが応募した「HERALBONY Art Prize 2025」の授賞式。企業15社が協賛した
出典:ヘラルボニー

ーー会社を大きくした先に目指すのはどんな未来でしょう。

私たちは「障害」という言葉を使いたくて使っているわけではありません。社会の壁、つまり社会的障壁について問題提起するために「障害」という言葉がないと伝わらないのが現在地です。

へラルボニーが、アップル、マリメッコ、ナイキなどのような誰もが知っているブランドになれば、「障害がある作家が描いたアート」だと説明する必要もなくなるはず。キャズムを超えたその先は、障害のある人とそうでない人をわける線がない状態になっているかもしれませんし、もしかしたら生きづらいと思っているすべての人たちがへラルボニーにアクセスしているかもしれません。

そうなった先にもまた新しい世界が見えているはずなので、ゴールはきっとないんでしょう。

私たちはアートから始まった会社です。だからこそ、社会に問い続け、新しい価値観を生み出し続けることも役割の一つだととらえています。 

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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