世界標準の「いい会社」とは何か、すべてこの冒険の書に書いてある
社会をよくする会社、つまり公益性のある企業の指針となる認証「B Corp(B Corporation)」の公認ハンドブックの日本語版ができました。社会や環境に配慮しながら利益を追求しているビジネスマンにとって、手引きとなるこの本。出版したのは、まさにB Corp認証の申請に挑戦中の、長野県にある古本買取・販売会社です。
「B Corp認証」の「B」はbenefit(公益)の意味。2006年に設立されたアメリカ・ペンシルバニア州の非営利団体「B Lab」が、社会的・環境的パフォーマンスの基準を満たし、説明責任、透明性を果たしている企業を認定している制度です。
パタゴニアやザ・ボディショップ、オールバーズなど世界79カ国で約5000の企業が取得。日本では2022年7月現在、乳製品メーカーのダノンジャパンや不用品買取のエコリングなど13社が取得しています。
サステナブルなよい会社だという”お墨付き”を消費者や学生にアピールできることもあって、SDGsに積極的に取り組んでいる企業を中心に注目が集まりはじめています。
ただ、いちど認証を取得しても3年後には更新が必要なことや、評価が厳格なこと、現状は英語での申請となることなどから、日本ではまだあまり普及しているとはいえません。
「巧妙なマーケティング」では取得できない
特定の商品や事業が評価されるのではなく、企業とその取り組み全体が対象となっているのも、B Corp認証の特徴です。5つの評価指標をもとに、200の質問のうち80点以上を獲得する必要があります。
5つの評価指標はこちら(ハンドブックの内容をもとに筆者が抜粋編集)。
1)ワーカー(労働者に対する取り組み)
従業員の賃金 / 健康管理 / 育児・介護休業制度 / トランスジェンダーを考慮したポリシー / 柔軟な働き方など
2)コミュニティ(コミュニティへの参加)
構成員の多様性 / マイノリティの採用 / 適正な報酬体系 / ボランティア活動の奨励 / サプライヤー責任など
3)エンバイロメント(環境への取り組み)
温室効果ガスの排出削減 / 省エネ / 再生可能エネルギーの使用 / オンラインミーティングの奨励 / 自社商品が及ぼす環境負荷の算定 / 有害廃棄物の処理など
4)ガバナンス(経営の管理)
社会的・環境的責任を含んだミッションステートメントや評価制度 / 役員会の多様性 / 財務情報を従業員と共有など
5)カスタマー(顧客との関係性)
保証書または顧客保護ポリシー / ISO9000などの認証取得 / 顧客満足の取り組み / 個人情報保護など
80点以上を取得してはじめて申請でき、そのあとB Labの担当者との面談もあります。
ここまで細かい指標や審査があることについて、ハンドブックでは「巧妙なマーケティングと区別するため」として、SDGsウォッシュのような実態を伴わない表面的な活動とは一線を画していると説明しています。
つまり、企業価値や売上の拡大のためだけに環境にやさしいことをしていると喧伝するようなごまかしは通用しないというわけです。従業員やサプライヤー、地域社会と公正に向き合っているかどうかが数値化されるため、企業が日ごろ軽視したり排除したりしている人たちの存在も明らかになってきます。
誰か翻訳してくれないかな...
ハンドブックは、B Corp認証の取得方法の解説や、実際に取得した経験のある企業の担当者からのコメントによって構成されています。
日本語版を出版したのは、長野県上田市で古本の買取販売をしている「バリューブックス」の出版レーベルです。バリューブックスは2016年から、自社でB Corp認証を取得するための準備を進めてきました。
バリューブックス取締役の鳥居希さんは2022年7月19日に開催されたハンドブックの刊行記念イベントで、「自分たちが認証を取得するだけでなく、より広まって、一緒に取得を目指す企業の仲間が増えてほしい」と、日本語版を出版したねらいを語りました。
「B Corp認証のグローバルサイトは、まだ日本語に対応していません。バリューブックスとして認証を取得するために取り組んでいく中で、言語の壁が高いと感じたんです」
「誰か翻訳してくれないかな...」と思っていたころ、バリューブックスで出版事業を立ち上げることが決まり、その第1弾としてハンドブックを出版することになりました。
プロセスに意義がある
鳥居さんは、この出版のプロセスもB Corpの理念に沿うものにしたいと考えました。
翻訳を権威あるひとりに依頼するのではなく、多様な属性や職業、バックグラウンドをもつメンバーを集めて共同で翻訳する「ゼミ」をつくることにしました。多様な背景にもとづいたオープンな議論をして、翻訳や脚注に反映させることを意識したといいます。
B Corp認証を取得するのは簡単ではありません。例えば、「財務に関する基礎的な情報を従業員と共有する」「外部に向けたアニュアルレポートで、企業のミッションに関連したパフォーマンスを詳しく開示している」など、さまざまなステークホルダーを巻き込んで本気で取り組む姿勢が求められます。
80点以上のスコアを獲得できて申請してからも、面談にこぎつけるまで1年ほどかかるといいます。認証取得には年会費もかかります。
しかし鳥居さんは、取得を目指すプロセスに意義があると話しています。
「取り組んでいることが可視化され、取り組めていないことが明確になります。すべての評価項目ができているわけではなくても、何が足りていないか、働いている人にとってどこが快適でないか、社内で共通認識をもつことができます」
ハンドブックはB Corp認証の取得マニュアルではなく、会社をよくするための「改善の旅」や「冒険の書」だというのです。
相互依存宣言とはなにか
B Corpの評価指標には、「主なサプライヤーが定期的に品質評価や監査を受けていることを確認している」など、取引先や子会社の取り組みに対する評価も含まれています。自社だけではなく、サプライチェーン全体を健全に運営する意識が求められているのです。
また、ハンドブックの冒頭には、「B Corp相互依存宣言」が記されています。認証を取得した企業は、この「相互依存宣言」にサインをします。
監訳を担当した元「WIRED」日本版編集長で黒鳥社の若林恵さんは、「相互依存」についてこのように解説します。
「会社はそれ自体がネットワークを構成し、サプライチェーンと相互依存しているという考え方です。関係する企業や業界が倒れたら自社にとっても危機になるということに、私たちはコロナ禍で改めて気づくことができました」
「お金を払って調達すればいいというわけではなく、さまざまなステークホルダーが長期的に続いていくために自社がいま何をすべきかを考え、相互依存のネットワークを再編していく必要があるのです」
一つの会社が頑張るだけでは、社会はよくなりません。しかし、一つの会社が頑張って周りの会社をよくしようとすることで、社会は少しずつよくなっていくのでしょう。