「家に帰りたい」の意味がわからなかった私。結婚して初めて家族ができた
母親から虐待を受けて育ち、「家族」という言葉が苦手だった女性。家は「帰りたくない場所」でした。しかし、自ら結婚することを選び、家族をつくろうと決めました。
その日、新郎新婦の入場を拍手で迎えたのは14人でした。小さな結婚式でしたが、新婦にとっては本当の意味での家族の始まりを意味していました。
「素敵な1日を過ごすことができて楽しかったです。これからも生きていこうと思いました」
ママに首を絞められた
新婦の山本愛夢さんは、家族の愛情を知らずに育ちました。
「学校や仕事で疲れると『早く家に帰りたい』という人がよくいますが、私にはまったく意味がわかりませんでした」
1歳のときに両親が離婚し、母親と2人暮らしに。物心ついた頃から母親から暴力や暴言を受けてきました。小学1年生のとき、近所の人から児童相談所に通報され、初めて職員に打ち明けました。
「ママに首を絞められた」
母親からは毎日、掃除や夕食づくりを課されてもいました。
「ママが帰ってきたら、やったことすべてにケチをつけられました。ママに見せるために宿題も完璧にしていなければなりませんでした。家は帰りたくない場所であり、疲れてしまう場所でした」
その後も泣き声や怒鳴り声に気づいた近所の人からたびたび児相に通報され、高校1年生のときに一時保護されました。
「粗大ごみみたい」な生活
里親に預けられた後、シェアハウスで暮らすようになった愛夢さん。早く自立したいという思いからアルバイトに明け暮れ、家には寝るためだけに帰るようになりました。
看護師として働くようになり、ひとり暮らしを始めると、朝起きられない日が続くようになりました。
出勤しなければならないのに身体が動かず、仕事が長続きしないため職場を転々としました。食事をつくることも掃除をすることもできず、ごみ捨てに行くことすらままならない日々。「私も粗大ごみみたいだな......」と思いながら生活していたと言います。
朝、誰かに起こしてもらわないと生きていけない。以前の職場で同僚だった「にいさん」に相談し、「にいさん」の実家に転がり込む形で一緒に暮らすようになりました。
そこで初めて、「家族」を知ることになります。
結婚っていいかも
「にいさん」の実家には、「お父さん」「お母さん」「じいじ」「ばあば」「お姉ちゃん」と呼べる人たちがいました。食卓を囲み、テレビを観て一緒に笑い、「にいさん」と同じようにゴロゴロしていても怒られません。
「サザエさんやちびまる子ちゃんみたいな家族って、現実にあったんだ」
愛夢さんは母親から禁止されていたため友達の家に遊びに行ったことがなく、父親という存在も、笑い合う家族の姿も、実際には見たことがなかったからです。
「『家族』という言葉が苦手で、結婚願望もありませんでした。でも、こんな家族がいるなら、結婚っていいかもって」
実家を出て「にいさん」と2人で暮らすようになり、2023年1月に婚姻届を提出しました。
あなたのためだけに
結婚式をするにあたり、愛夢さんが衣装や撮影を依頼したのは「ACHAプロジェクト」です。
ACHAプロジェクトは、児童養護施設を出て成人を迎える若者たちに振袖を着てもらって写真撮影をするボランティア団体。
代表の山本昌子さんも児童養護施設の出身で、先輩に振袖の写真撮影をプレゼントしてもらった経験から生まれたプロジェクトです。
親から愛情を得られず、施設でも集団生活をしていた子どもたちは「自分のことだけを見てもらえた機会が少ない」という昌子さん。そこで「生まれてきてくれてありがとう」「あなたのためだけに」というメッセージを伝えようと、基本的に1回につき1人ずつ撮影しています。
愛夢さんも成人を迎えたときに記念撮影をしてもらい、それが特別な経験になったといいます。
「お金を払えば、いい衣装を用意してもらっていい撮影をしてもらえると思います。それでもわざわざ忙しいまこちゃん(昌子さん)に頼んだのは、成人式のときと同じように素敵な思い出をつくってもらえると思ったから。それに、まこちゃんが大好きだからです」
結婚は勇気と希望
昌子さんはACHAプロジェクトでウエディングフォトを撮影することについて、こうコメントしています。
「家庭が崩壊していく現実を目の前で見てきた私たちにとって、結婚は大きな勇気であり希望だと思っています。生まれながらに手に入らなかった『家族』を手にできるかもしれない大きなチャンスでもあり挑戦でもあります」
昌子さんは妹のような存在である愛夢さんのために白無垢、色打掛、そして男性用の袴を準備し、結婚式に駆けつけました。
ずっと一緒に過ごしたい人たちに囲まれた結婚式は、笑いが絶えませんでした。撮影の際、愛夢さんは準備してきたメッセージを掲げました。
「うまれてきてくれて 生きててくれて 出あってくれて ありがとう」
「くだらないことして笑う毎日が宝物」
「にいさん」と暮らすようになってから、生まれて初めて「家に帰りたい」という感情を知ったという愛夢さん。「にいさん」とは普段は冗談を言い合ってばかりですが、結婚式は感謝を伝える機会になると思い、メッセージを書いたのだといいます。
「生まれてくること、生きていること、出会うことは当たり前のことではありません。一緒に過ごす毎日を当たり前のことのように過ごしたくはありません。私が今を生きようと思えるのは、彼や彼の家族、私を支えてくれる周囲の人がいるからです」
いま虐待を受けている子どもには、こう伝えたいといいます。
「生きているだけですごいこと。それ以外のことは頑張らなくていい。助けを求めるチャンスがあったら逃さないで助けてもらってほしい。今を耐える選択をするのであれば、ただただ生きていてください」
「未来は見えないしわからないから、怖いし考えたくないと思います。焦ることはないです。あなたが笑顔で一日一日を過ごせたらそれだけでいいんです」
結婚生活については「なんとかやっていけています。だから、これからもなんとかやっていきます」と笑顔で語りました。