母の日のプレゼントを、なんて表現する? 新入社員が海外サイトを一新したら...
女性向けの商品の説明で、普段なにげなく見かける「For Woman」という表現。これにノーを突きつけたのは、入社1年目の新入社員でした。グローバルサイトの表現を「For Her」に変えた理由を、土屋鞄製造所の有馬万理さんに聞きました。
どうしても見過ごせない
ーー有馬さんは入社1年目のとき、海外向けのウェブサイトで大きな改革をしたそうですね。
私は2020年10月に新卒で土屋鞄製造所に入社し、海外事業部で欧米を中心とした英語圏向けのマーケティングを担当しています。
ウェブサイトの英訳や、英語でのSNS配信にあたり、単に言語翻訳のローカライズをするのではなく、ジェンダーや人種に対する意識や表現など、グローバルでは欠かせないコミュニケーションを整理しています。
これから事業を欧米、とくにアメリカに積極的に展開していくにあたり、どうしても見過ごせない点がありました。
率直にいうと、日本のECやウェブサイトで土屋鞄が使っていた表現では、アメリカで「受け入れてもらえない」「嫌悪されるかもしれない」と感じる面が少なくありませんでした。アメリカでは、ジェンダーをふくめた差別や多様性に関する表現や姿勢に、とても厳しい目を向けられるからです。
そこで、本格的に欧米のマーケットに踏み出す前に積極的にチェックし、海外向けのサイトの表現を修正することにしました。
女性に限定する必要ある?
ーー「嫌悪されそうな表現」とは、具体的にはどういうものなのでしょう。
国内向けのECサイトで2021年の春に「母の日」用のコンテンツをつくったとき、「女性」という言葉がいたるところに盛り込まれていました。「女性へのプレゼント」「女性に最適な…」「女性のための…」といった具合です。
そのまま英語にすると「Present for woman」になります。
ーー「Woman」では嫌悪感を抱かれるということですか?
ジェンダー平等と多様性を当たり前に、という機運が高いアメリカでは、その可能性があります。「どうして女性に限定するのか?」と思われてしまう。そもそもマーケティングとしても女性に縛る必要はないんじゃないか、とも思いました。だから、近い表現でも「Present for her」のほうがいいのでは、と提案しました。
ーー「Her」も「彼女」の意味で、女性をあらわす代名詞ですよね?
そうです。ただ「Woman=女性」ほど、完全に性別では区切っていないことになるんです。私は学生時代にアメリカに留学していたときに、そのことを知りました。
ニューヨークで聞かれた「どう呼ばれたい?」
高校生のときに単身でボストンの高校に留学したのが、私のアメリカ生活のはじまりでした。その高校は、ジェンダーや人種に関してとても保守的でした。私自身、日本人だということで差別を受けたこともありました。
ところが、進学したニューヨークの大学は、まったく逆でした。とてもリベラルで開放的で、ジェンダーや人種の多様性がごくごく自然にある環境で、カルチャーショックを受けました。たとえばキャンパスのトイレが男女兼用だったりするんです。
そこで衝撃的だったのが、入学してまもない頃、同級生に「What is your pronounce?」と聞かれたことです。
発音について聞かれたわけではありません。「プロナウン」というのは代名詞のことです。つまり、同級生からは「あなたはSheと呼ばれたいか、Heと呼ばれたいか?」と聞かれていたのでした。
「I」や「You」には性別(ジェンダー)による区別がありませんが、三人称の「She」や「He」はジェンダーを表すことになります。しかし、それは周りが決めることではなく「本人が決めることだ」というわけです。
たとえば、生まれたときに割り当てられた性別は男性だけれど女性を自認している人の中には、「She」を使いたいという方がいます。周りが見た目で判断するのではなく、それぞれが「呼ばれたい呼び方」で呼ばれるようにする。
また、三人称複数形として使われている「They」を、ジェンダーを限定しない代名詞として単数形でも使ったりもするんです。これは私にとって、とても新鮮でした。
すべての人を取りこぼさない
ーーその経験が、「Present for her」という表現につながったのでしょうか?
そうなんです。つまり、「Woman(女性)」と表現して性別をガチガチに区切るのではなく、「Her(彼女の)」と表現すると、そう呼ばれたいすべての人を含めることができます。一般的に女性らしいとされているデザインを好む男性もいるわけですから、「Present for her」とすれば、そうした方々を取りこぼさず、もちろん不快な思いも抱かれないわけです。
ーーなるほど。当たり前のように男女を分けすぎると、意図せず、傷つけてしまう人がいるかもしれないということですね。
マーケティング的な視点からもダイレクトな性別表記ではない方がいいこともあります。「女性に一番人気」と書くのではなく、「土屋鞄の中で一番人気」と書けばいい。
ピンクの鞄を男性が持ってもいいし、小さなかわいいデザインのバッグは性別を問わず使ってもらいたい。わざわざこちらから女性しか買えないようにする必要はないんです。
そもそも土屋鞄には、ブランドイメージとしても実態としても「優しさ」や「丁寧さ」があると思うんです。もともとあるその資質をもう少し広げたい。アメリカやヨーロッパにまでリーチして、よいブランドとして認知してもらうには、そうした心遣いを丁寧に言葉選びにも反映していきたいと思っています。
「女性用? 男性用?」と尋ねられたら
ーー日本でのジェンダーや人種差別などの意識についてはどう感じていますか?
アメリカから帰ってきたときに感じたのは、日本の広告で有色人種のモデルの起用が少ないことへの違和感でした。日本にいた頃は気づきませんでしたが、なぜ、日本のブランドなのに外国人モデル、しかも白人系のモデルばかりが起用されているのか?と疑問を感じました。入社前に土屋鞄の広告を見たときも、同様のことを感じました。
そもそも体型が違う日本人とは見え方が違いますし、違う人種のモデルを入れるのであれば、肌の色も体型もさまざまな人が鞄を背負うようにしたほうがいいのではと考えました。海外向けのサイトでは、写真の改善に取り組んでいます。
土屋鞄の商品や店舗は本来、「女性向け」「男性向け」とはっきり分けられていません。私が店舗で研修をしたときも、さまざまなお客様がジェンダーにこだわらず思い思いに商品を選ばれていました。
だからこそ、売り手側の私たちがジェンダーを決めつけることなく常にお客さまの目線に立つ必要があるのではないでしょうか。「これは女性ものですか? 男性ものですか?」と尋ねられたときに「どちらでもないですよ」と答えたり、売り場やECのカテゴリーを男性もの、女性もの、と分けないようにしたり。すべてお客さま視点からの発想にすることが、欧米でも日本でも同様のホスピタリティだと思っています。
(聞き手:ハリズリー PR サステナビリティマネージャー 八島朱里)