誰もがアクセスできるお店を目指して。ある焼肉店の取り組み

最所あさみ

安くおいしいレストランがひしめく、外食天国の日本。しかし、入り口や店内が狭くいためにアクセスできない人たちがいます。日本ではまだ珍しい、「誰もがアクセスできるレストラン」への取り組みとは──。

家族連れがベビーカーがにぎやかに行き交う東京・二子玉川。駅前から高島屋方面へ歩くと、京都の町並みを思わせる風情小道に飲食店が立ち並ぶエリアがある。その一角に店を構えるのが、焼肉店「二子玉川 まんぷく」だ。

一見なんの変哲もないおしゃれな焼肉店に見えるが、実はこの店舗は車椅子でもアクセスしやすい「バリアフリー席」を設けている。

「二子玉川 まんぷく」のバリアフリー席。入口から段差なしで入店でき、車椅子でそのままテーブルにつける。
Tomoya Suzuki for OTEMOTO

2021年3月16日に国土交通省がバリアフリー設計のガイドラインである「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」を約4年ぶりに改正し、小規模店舗のバリアフリー設計についての考え方を示したが、日本ではまだまだ店舗のバリアフリー化への理解は進んでいない。

バリアフリー化に対応するには車椅子の可動域を確保するためにスペースが必要となり、必然的に席数を減らさざるをえないことが、店舗のバリアフリー化を阻むひとつの要因でもある。

そんな中で「二子玉川 まんぷく」がいち早くバリアフリーに対応した席を作った理由とは。運営会社である株式会社テイクファイブ代表の遠山和輝さんにお話を伺った。

米国進出で受けた衝撃

遠山さんが店舗のバリアフリーについて考えはじめたきっかけは、店舗のアメリカ進出だった。

「日本で飲食店を出す場合には、衛生面や消防法を遵守しているかといった点を中心に行政のチェックが入りますが、アメリカでは車椅子の人がアクセスできるかどうかも細かくレギュレーションが決まっている。そのことにまず驚きました」

Asami Saisho / OTEMOTO

州や市によって具体的な項目や数字は異なるが、遠山さんが出店した際には下記のようなレギューレーションをクリアしなければならなかったという。

  • 通路はすべて3フィート8インチ(約115cm)以上であること
  • トイレはどの什器にも接することなく、直径5フィート(152.4cm)の円を描けるスペースが確保されていること
  • 店内に段差を作る場合は必ずスロープを併設すること
  • 車椅子で直接アクセスできる席を最低2つ用意すること

日本と同じ感覚で店舗デザインを考えていた遠山さんは、これらのアメリカ独自のレギュレーションに戸惑いを隠せなかった。レギュレーションを遵守しながら席数やデザインとのバランスをとるため、何度も図面を修正した。

「当時27歳の若者だったので、図面を修正しながら『日本なら同じ面積でもっと席数がとれるのに』と思うこともありました。日本なら60席とれるところが、アメリカのルールに則ったら40席しかとれない。そうなると当然売上も大きく変わってくるわけですから」

アメリカ・ダラスにある「まんぷく」の店舗
提供写真

しかし、アメリカで車椅子を使う人たちが気軽にレストランで食事を楽しむ姿を見て、「レストランへのアクセスは誰にでも開かれているべきなのだ」と考えるようになったのだという。

日本では、そもそも飲食店で車椅子を見かける機会が少ない。車椅子でアクセスできる店舗は限られており、店舗によっては車椅子での入店は事前に予約がなければ対応が難しいと入店を断るケースもある。

「アメリカでは、予約なしで当日ふらっと車椅子の方が来店されていましたし、私たちの店舗でも当たり前のこととして日常的に受け入れていました。このときの経験が、『誰もがアクセスできるお店を作りたい』という考えにつながっていきました」

日本で実現するための壁

しかし、日本でバリアフリー対応の店舗を作るにはいくつかの障壁がある。そのひとつが、ビル内の共有スペースのバリアフリー化、つまりビルオーナーのバリアフリーへの理解である。

日本はアメリカと比べても国土が狭く、特に都心店舗の飲食店はビルに入居しているケースが多い。たとえ飲食店がバリアフリーに対応したいと思っても、ビルのつくり自体がバリアフリーに対応していなければ、車椅子で店内にアクセスすることは難しいのだ。

遠山さんも、ずっとバリアフリーへの思いはありつつも、適した物件が見つからず実現できずにいたという。そんななか、「二子玉川 まんぷく」でバリアフリーに対応した店舗を作ることができたのはディベロッパー側からの提案だった。

「もともとビル自体をバリアフリー対応の物件にする予定だったそうで、エレベーターやトイレといった共用設備もしっかりとバリアフリー対応されていました。店内にひとつは車椅子でもアクセスできる席を作ってほしいというオファーだったのですが、もともとバリアフリー対応の店舗をつくりたいと思っていたのですぐにOKしました」

エレベーターや共用トイレなど、ビルの設備にもバリアフリーが意識されている
Tomoya Suzuki for OTEMOTO

遠山さんは、飲食店のバリアフリー対応が難しい理由のひとつとして、身体に障害がある人も使いやすいトイレへの設備投資が大きい点が挙げられると話す。

「アメリカの場合は大きさが十分にとれていれば問題なかったのですが、日本の場合は手すりや専用の流し台など附属設備が多いですよね。そこを飲食店が単体で負担するのはハードルが高い。だからビル全体のテナントが使える共用トイレとして設置するケースが増えれば、日本でも飲食店のバリアフリー化はもっと進むのではないかと思います」

さらに、日本ではまだバリアフリー対応の飲食店が少ないため、対象者に情報を届ける手段が確立されていない。「二子玉川 まんぷく」のバリアフリー席も、その存在を認知してもらうために、日本交通のユニバーサルデザインタクシーとコラボして発信したりと情報の届け方を模索している最中だ。

「車いす対応の飲食店情報は、当事者同士の情報交換や支援団体側で情報をまとめられているケースはあるかもしれませんが、飲食店側が積極的に発信しているケースは稀です。でも、情報を求めている方は必ずいるはずです。ゆくゆくは、こうした飲食店の情報もまとめて発信していけたらと思っています」

「経営効率」だけでは測れないもの

バリアフリー席を作ったことで、「これまでは外食を諦めていたのでオンラインショップで買って自宅で食べていたけれど、こんな席があるなら今度お店にも伺いたい」という声も増えたという。

「職業柄いろんな飲食店に行きますが、車椅子でアクセスできるお店は日本にはほとんどないと言っていいのが現状です。今後さらに高齢化社会が進むことを考えると、車椅子だけでなく足腰が弱い方がアクセスしやすいお店にしていくことも重要ですよね」

店の奥には、小上がりと掘りごたつで高級感を演出する席もある
Asami Saisho / OTEMOTO

今回はビルのテナントとして入居したが、ゆくゆくは路面店で入り口からトイレまで車椅子が通ることのできる広い通路をつくり、車椅子のまま席につけるお店を出したいと遠山さんは語る。

しかし、バリアフリーに対応することで、少なからず席数が減ったり店舗デザインが制限されてしまう面もある。

「もちろん、経営やデザインとのバランスも大切です。でも、今や飲食店がおいしいものを提供するのは当たり前の価値ですよね。じゃあそこにどんな付加価値を作っていくかと考えたとき、私たちは『あらゆる人においしいものを食べる体験を提供したい』と考えたんです」

外側から見た個室までの導線。段差がひとつもなく、車椅子でもスムーズに入店できる。
Asami Saisho/ OTEMOTO
個室側から見た出入り口のようす。
Asami Saisho/ OTEMOTO

今回の「二子玉川 まんぷく」の場合はひと席のみだったこともあって、バリアフリー化による経営面の影響はほとんどなかったものの、経営とバリアフリーのバランスをとる方法として、遠山さんは消費者の意識の変化に注目しているという。

「たとえば我々のバリアフリー化の姿勢を理解していただき、その維持費として数百円だけテーブルチャージをいただく、もしくは募金箱のようなものを設置してもよいと思います。そしてその収支もきちんと公表していく。SDGsの考え方が消費者にも広まってきているので、そういった新しい取り組みも今後は理解が得られていくのではないかと思うんです」

まずは足元から、社会貢献を

バリアフリー席の取り組みはSDGsの一環として注目されることも多いが、「二子玉川 まんぷく」の取り組みはSDGsを強く意識したわけではなく、まず目の前のお客様を喜ばせたいという思いの延長で実現したものだという。

「SDGsへの関心の高まりから、地球環境を意識した取り組みを行う飲食店も増えてきました。しかし私たちだからこそ取り組む意義のある社会貢献を考えたとき、まずはお店にアクセスできるお客さまの範囲を広げることからはじめたいと思ったんです」

まずは自分たちの身近なところに貢献していきたいという思いは、お店を構えるエリアへの地域貢献の姿勢にも表れている。

たとえば代々木上原店では、地元の商店街で夏祭りを復活させたいという相談を受け、出店を出すなど長年に渡って積極的にまつりを盛り上げてきた。飲食店が会社化し、チェーン化していくなかで商店街の取り組みへ参加する店舗が減っているなか、20店舗以上の飲食店を経営する今も各店舗に地域貢献の重要性を伝えているという。

店舗ごとに、そのエリアの人気店とのコラボデザートを提供するなど、地域の盛り上げも意識している
Tomoya Suzuki for OTEMOTO

バリアフリー化も地域への貢献も、目の前の売上だけを考えれば非効率な選択かもしれない。しかし、売上を増やす以外の「豊かさ」がそこにはあるという。

「まずは目の前のお客様と地域のみなさんに貢献できることはなにか。私たちにとっては、お店のバリアフリー化も『目の前のお客様を喜ばせたい』という気持ちの延長線上にあります。飲食店だからこそ提供できる豊かさとは何かを、日々考え続けていくことが大切なのだと思っています」

「店舗のアクセシビリティ」にまつわる取材先を募集しています

OTEMOTOでは、「誰もがアクセスできるお店づくり」を意識して設計・運営されているお店の情報を募集しています。自薦他薦は問いません。

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著者
最所あさみ
リテール・フューチャリスト/ 大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立し、「消費と文化」をテーマに情報発信やコミュニティ運営を行う。OTEMOTOでは「職人の手もと」連載を中心に、ものづくりやこれからのお店のあり方などを中心に取材・執筆。
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