時給2080円の担任を求人サイトで募集。教員が「産めない」実態
先生たちが産めないーー。教員が、仕事と育児を両立することが難しくなっています。原因は、深刻な教員不足。産休中の代理が見つからず、自らSNSで探さざるをえない教員もおり、子どもたちにも影響を及ぼしています。
休むより働くほうがマシ
関西地方の公立小学校で低学年の担任をしていたAさんは、妊娠がわかるとすぐ、安定期に入るのも待たずに管理職に報告した。産休・育休中の代わりの教員が見つかりにくいと知っていたからだ。
つわりで眠気がひどく、仕事に集中できず、体力ももたなかった。しかし、休みを取るのであれば、代わりにクラスを1日みてくれるよう同僚の教員に頼まなければならない。
どの教員も1日中、座る間もないほど忙しく働いていた。また、Aさんの代わりの講師探しも案の定、難航した。校長や教頭が市の教育委員会と何度もかけあったり、同僚たちが知り合いに聞いてくれたりしたが、見つからない。周りの業務を増やしてしまっているという負い目があった。
「このあと長く休むのに、今から迷惑をかけるわけにはいきません。体調が悪くても這うようにして出勤していました」
それに、もし同僚の誰かが代わりに1日クラスに入ってくれたとしても、自習の準備やプリントの丸付けは、結局Aさんがやることになるのだ。「休むくらいなら働いたほうがマシ」とさえ思えた。
「食べ過ぎたかな」とごまかす
Aさんの産休が始まる予定日の1カ月前になっても、代わりの教員は見つからなかった。仕方なく、自身のSNSに講師募集の書き込みをした。コメントはたくさんついた。「うちも足りない」というものばかりだった。
お腹はどんどん大きくなっていく。代理が決まらないと保護者に説明できないため、妊娠したことはクラスの児童にも極秘だった。
「先生のお腹、赤ちゃんいるの?」と無邪気に聞いてくる子どもたちに「何が入ってんのかなー、食べ過ぎたかなー」と笑ってごまかした。
いよいよ見つからず、新年度までは教頭が代理をつとめることになった。保護者あてにプリントで知らせた直後、市の教育委員会に新規で講師登録をした人がいることがわかった。市内の学校で取り合いの状態だったが、何とか来てもらえることになった。産休まで1週間を切っていた。
引き継ぎは1日のみ。その翌日から講師にクラス担任を任せ、Aさんは産休に入った。
民間企業よりブラック
教員不足が深刻だ。
文部科学省の実態調査によると、2021年4月の始業日時点で、全国の公立小中高校などで計2558人の欠員がある状況だった。
欠員の原因について「産休や育休取得する人が見込みより増加」に「あてはまる」と答えた自治体は約8割を占めていた。
また、元教員らでつくるグループ「#教員不足をなくそう緊急アクション」が実施したアンケート調査では、一つの学校で3人以上の欠員が発生しているケースもあった。
休職する教員がいる場合、教員免許を持っていて自治体の教育委員会の講師名簿に登録した人を、任期付きの臨時教員として非正規採用するのが一般的だ。しかしいま、この臨時教員のなり手が不足している。
教育政策に詳しい日本大学教授(教育学)の末冨芳さんはこう解説する。
「これまで”雇用の調整弁”とされていた臨時教員を確保できなくなってきています。教員免許を持っている人でも、長時間労働が常態化している教員の働き方を敬遠し、民間の教育産業、非営利法人や他の業界を志望する人が増えているからです」
講師名簿に登録する人が減り、欠員がある学校にすぐ採用されるため、臨時教員の奪い合いが起きている。
担任は時給2080円のアルバイト
ある公立高校の教員は「求人サイトで臨時教員の募集をかけている自治体もあります。県外からも応募があり、経歴や能力がよくわからなくても採用しているようです」と懸念を示す。
実際、筆者が複数の求人サイトを調べたところ、公立小学校教員の求人が少なからずあった。中には、パート・アルバイトとして時給2080円で産休代理の教員を募集している教育委員会もあった。
勤務内容は「市内の小学校で担任または級外として学習指導、生活指導を担当していただきます。校内でのさまざまな業務分担のいずれかを担当していただきます」。勤務時間は午前8時15分〜午後4時45分で、休憩は45分。雇用期間は4カ月未満とあり、契約更新の可能性は「なし」という条件だった。
「明日から担任です」
冒頭のAさんも、正規教員になる前に講師登録をしていた時期がある。
当時、1つの市教委だけに登録していたところ、4月に入ってもまったく採用の話がなかった。他市で登録するか他の仕事をするか迷っていた4月6日、翌7日の始業式からこの小学校に行くように、と電話がかかってきた。何も準備ができないまま、翌日から担任を受け持つことが決まった。
「講師登録してもいつ声がかかるかわからず、収入もありません。現場は慢性的に手が足りないので、もっと柔軟に講師を活用すればよいのではないでしょうか」
一方、正規の教員であれば地方公務員のため、待遇はよいと思われがちだ。
しかし末冨さんは「長時間労働のため、時給に換算すると給与が高いとは言い難い」と話す。育児休業は男女ともに子どもが3歳になるまで取得できるのも、民間企業に比べれば恵まれている。だが、育休中の臨時教員が確保できていた数年前と比べ、事情は一変している。
実家に頼れないと辞めるしかない
公立小学校の教員のBさんは、1人目の育休から復職した4月、いきなり1年生の担任を任された。時短勤務をしたいと校長に相談していたが、「特別扱いはできない」と認められなかった。
育休から一転して午前8時から午後6時までのフル勤務になった。子どもの入園後しばらくは、慣らし保育のため数時間しか保育園で預かってもらえない。それでも早めに帰宅することはできなかった。
夫も激務だったことから、実母に頼ることが増えた。周りを見回すと、同じ子育て中の教員でも実家が遠くて頼れない人たちは、次々と辞めていった。
朝から立ちっぱなしで午後3時半にようやく椅子に座れるような生活。学校で子どもたちと過ごしているときはエンジン全開で、疲れを感じないくらいに気を張り、帰宅して子どもを寝かしつけたあとに持ち帰った仕事を片付けた。無理がたたったのか週末ごとに倒れ込み、風邪をこじらせて肺炎になりかけたこともあった。
Bさんは2人目と3人目の出産後も育休をやや長めに取得し、復職後は業務量を少しずつ調整して両立のバランスを取ろうとした。ところが3人目の復職後、また1年生の担任となり、さらに学年主任まで任されることになった。
「出産した教員の間では、復職後の働き方に自信がないからできるだけ長く育休を取り続けたいという声を聞きます。育休中に第2子を妊娠し、一度も復職しないまま第2子の育休に入る人もいます。3年の育休を取りたくて取っている人ばかりではないんです」
Bさんは復職後1年で教員を辞めた。
「学校は業務を回すのに必死で、削るべき業務に気づく余裕さえないようです。効率化するために管理するほうに意識が向いてしまい、ゆとりをもって子どもに接していくことが難しくなっています」
本当に大変なのは子どもたち
Bさんが初めて教員になった約15年前は、嘱託の先生がメンターのようについてくれて、教材のつくり方や指導上のポイントを丁寧に教えてもらえた。今はもうそんな先輩はいない。新任教員でも臨時教員でも、初日からいきなりひとりで担任を任せられるのが当たり前の光景になった。
「『先生たちは大変ですね』と保護者に言われるたびに、『違うんです。本当に大変なのはあなた方の子どもたちです』と叫びたくなります」
「#教員不足をなくそう緊急アクション」が実施したアンケートには、教員からこんな声も寄せられた。
「産休・育休の代理でなんとか見つかった講師は資質が足りず、学級を任せられる状況ではなかった。仕方なく別の教諭が担任を代わった。(略)担任が何度も代わってしまった子どもたちは不安な日々を過ごしたことだろう。彼らが豊かな学びを獲得するはずだった数週間は二度と戻らない」
「さまざまなライフステージを迎えている教員たちが安心して働き続けるには、これまでのようにオールマイティな教員ではなく、協力しながら働けるように変えていく必要があるのでは。『授業だけ』『学級経営(クラス運営)中心』のように棲み分けたり、二人で一つの学級を時間をわけて担当したりと、働き方を選ぶことも考えられます」
末冨さんも、教育委員会や学校は、教員の働き方をもっと柔軟にするべきだと指摘する。
「日本の学校は、朝から放課後まで、給食を食べるときも掃除の時間もずっとひとりの教員がつきっきり。すべて先生がやらなければならないという幻想にとらわれすぎていて、非効率極まりないです」
「教員だけでなく、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、支援員なども増やし、教員に対する異常な負担の集中をすぐに改善していかなければなりません」
「育児や介護などのケアワークと両立できるよう、教員の働き方改革を、自治体レベルでできることから着実に進めるべきです。教員が、本来の仕事の魅力ややりがいを実感しながら働ける環境をつくる必要があります」
学校のこれから
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