大学進学率3割、だけどその先に夢がある。児童養護施設の子どもに海外留学の道を
大学に行くことすら想像しづらい子どもたちに、グローバルリーダーになる道をーー。新たな支援プログラムによって、児童養護施設で暮らす中高生6人が2023年3月下旬、アメリカへの短期スタディツアーに出発します。参加する中高生にとって、人生を切りひらく大きな一歩になりそうです。
「ディズニーワールドと、NASA。ひとつめは楽しめる場所で、ふたつめはなかなか行けない場所だから」
「野生のマナティがいるブルースプリング州立公園。動物や自然が好きなのでじっくり観察したいから」
2023年1月下旬、全国の児童養護施設から名乗りをあげた高校生5人と中学生1人が、海外派遣プロジェクト「Study in America」による約10日間のスタディツアーの事前研修にオンラインで参加しました。それぞれがアメリカ滞在中に体験したいことをリサーチし、順番にプレゼンしました。
さまざまな事情があって親と暮らせない子どもたちが生活をともにする児童養護施設。どの生徒にとっても海外に旅行するのは初めての経験です。ツアー前に親睦を深めたり、海外に行く目的意識を明確にしたりするために、4回の事前研修が予定されています。
この日は2回目の事前研修。すでに1回目の対面研修で打ち解けて愛称で呼び合っている生徒たちは、自分の想いを伝えるためにイラストを描いたり、人気の観光地をあえて避けて選択肢を増やしたりと工夫を凝らして発表しました。
他のメンバーに気を使いながらも自分の希望をはっきりと伝えた子。苦手な場所があることを勇気をもって伝えた子。事前研修ではすでにそれぞれが勇気をもって一歩を踏み出そうとしていました。
「自分のことを自分で決めるという体験が、この子たちにとってはとても大事なんです」
事前研修をファシリテートした「Study in America」ディレクターの白井智子さんはこう話します。
大学進学率は3割
白井さんは、フリースクールで不登校の子どもたちを25年以上支援してきました。
「生まれてきた環境で受けられる教育や支援が限られ、社会的な格差が固定化されている状況をなんとか打破したい。すべての子どもたちに機会をつくりたいんです」
文部科学省の学校基本調査によると、2021年度の大学や専門学校など高等教育機関への進学率は83.8%ですが、児童養護施設や里親のもとで暮らしていた18歳に限ると進学率は30.6%。60.9%が就職をしていました。
学費の面では、2020年に拡充された返済不要の給付型奨学金が支えになりつつはありますが、進学するハードルは他にもあります。
児童養護施設などで暮らせるのは原則18歳までのため、多くの子どもたちは高校卒業と同時に一律に退所を迫られ、経済的な自立を求められてきました。退所後は自立援助ホームなどに移り、働いて寮費を払いながら自活の道を探ることになるため、経済的、精神的に行き詰まることも多く、アフターケアの必要性が議論されてきました。
2022年6月、改正児童福祉法が成立してこの年齢制限は撤廃されることになり、18歳以降も継続的に支援する体制が強化されていきます。
「チャリティではない」
この海外派遣プロジェクト「Study in America」は、認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが主催しています。
ピースウィンズ・ジャパン代表理事の大西健丞さんは、10年前に児童養護施設を訪れたとき「大学に進学する子はほぼいないと聞いて衝撃を受けた」と話します。
「継続的にサポートできないため、施設からは進学を勧めることができないと。ましてや留学もです」
「ただ私たちは、恵まれない子どもへのチャリティとして海外に派遣したいわけではありません。こうした社会の歪みを変えてくれるような、のちのグローバルチェンジメーカーの育成を支援したいのです」
夢をかなえてあげたい
一方で、ようやく大学進学の道がひらけてきた児童養護施設出身の子どもたちに、海外留学やグローバルリーダーの道を持ちかけるのは飛躍しすぎているのではないかという懸念もありました。
そこで、児童養護施設などの職員確保と定着を支援するNPO法人チャイボラが全国の15施設にヒアリングをしたところ、すべての施設から「海外留学のニーズはある」との回答があり、そのうち6施設から中高生の推薦がありました。
チャイボラ代表理事の大山遥さんはこう話します。
「職員不足で勉強のサポートすらままならない児童養護施設に海外留学の話を持ちかけても『何言っているの』と一蹴されるだろうと予想していました。ところが、『そんな視点があるなんて考えたことがなかった。可能性があるなら何としてでも行かせて夢をかなえてあげたい』と続々と施設から手があがったんです」
「この海外派遣を成功させることは、すでに夢を描いている子だけでなく、夢すらも描けていない子たちの視野を広げることにもつながるはずです」
「主体性をもつことができる」
10日間のスタディツアーに参加する中高生6人は、「スポーツ関係の仕事につきたい」「薬剤師を目指したいけれど留学にも興味がある」など、それぞれの夢を面談で語りました。
「Study in America」にプログラムアドバイザーとして参加している宗太一さん(23歳)は、小学5年から高校3年まで兵庫県の児童養護施設で育ちました。日本の大学を卒業後、2022年8月からイギリスの大学の修士課程で、国際社会開発学を学んでいます。
「児童養護施設では生活環境を職員が用意してくれ、経済面でのハンディもあるため、殻に閉じこもって自分の人生ってこんなもんなのかなと思いがちです。でも、海外で数カ月暮らしてみて、主体性をもって行動できるということを知りました。問題が出てきたら解決に向けて前向きな視点でとらえられるようになりました」
「Study in America」は宗さんを「0号奨学生」として支援しつつ、2022年3月の短期スタディツアー実施後は、2023年度中に長期の本派遣をスタートする予定です。