妹のために口紅をつくった22歳の環境活動家が、「口紅なんて、なくたって生活できる」と言い切る理由

小林明子

「世界一エコな学校」といわれるインドネシア・バリの「Green School Bali」を卒業した、環境活動家の露木しいなさん。大学を休学して全国の学校で環境に関する講演を続ける一方、オーガニックコスメの世界基準の認証を取得した口紅をつくっています。露木さんが考える「社会課題を解決するものづくり」とは。

東京・新宿。気鋭のクリエイターたちが出展する合同展示会の一角に、その商品はこぢんまりと展示されていました。

飾り気のない小ぶりのアルミケースに入った、シンプルな口紅。ワインレッド、オレンジブラウン、コーラルの3色で、そばには同じ色のリフィル(詰替え用)が並べられています。

SHIINA organic
2023年9月に東京・新宿であった合同展示会NEW ENERGYでの「SHIINA organic」の展示。2023年9月25日〜10月1日は、有楽町マルイで展示販売を予定している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

この口紅を開発したのは、環境活動家であり「SHIINA organic(シイナ オーガニック)」の創業者でもある、露木しいなさん、22歳。

肌荒れに悩んでいた妹のため、口紅の研究を始めたのは15歳のとき。オーガニックコスメの世界基準であるコスモス認証(エコサート)を取得したこの口紅を2023年5月、クラウドファンディング限定で発売しました。

露木さんは「世界一エコな学校」と言われるインドネシア・バリ島の「Green School Bali」を2019年に日本人女性として初めて卒業しました。「大学は待ってくれるけど、気候変動は待ってくれない」と慶應義塾大学を1年で休学し、全国の小中学校や高校で環境にまつわる講演活動をおこなっています。

気候変動を防ぐための活動と、新たにものを生み出す活動は、一見すると矛盾しているようにも感じられます。環境活動家として、あえて「ものづくり」をする理由とはーー。


穴埋めでは解決しない問題

Green School Bali
Green School Baliで友人たちと
写真提供:露木しいなさん

私が高校3年間を過ごした「Green School Bali」はとてもユニークな学校で、世界約42カ国から生徒が集まっていました。校舎はすべて竹でできていて、給食はバナナの葉っぱに載せられて出てきます。教科書はなく、授業はパソコン中心で進められるのですが、その電力もソーラーパネルと小型水力でまかなわれていました。

もともと英語を学びたくて留学先を探す過程で見つけた学校でしたが、ここで学んだ経験がなければ、いま私は環境問題に取り組んでいなかっただろうと思います。

Green School Bali
Green School Baliの校舎は竹でできている
甲斐昌浩 for OTEMOTO

Green School Baliの授業では、問題を認識するところから解決に向けて行動を起こすところまでが学びです。例えば海洋プラスチックに関する授業では、海に行ってごみを拾い、どんな種類のプラスチックが捨てられているのかを調査。そして地域特性や原因を考慮したうえで、その場所においてごみを減らす対策は何か、自分はどう行動するのか、までを一貫して学びます。

日本の学校の場合、「年間800万トンのプラスチックごみが海洋に流出している」と教わるのが「学び」で、テストで「800万トン」のところを穴埋めすることが「行動」ですよね。でも、社会課題はテストの穴埋めでは解決できません。

Green School Baliで学んだ、問題解決のために行動を起こすプロセスは、いまの私の活動の原点になっています。

理科室で口紅を研究

Green School Baliの1年生だった15歳のとき、口紅の研究を始めました。私の妹は肌が弱く、2人で初めて買った化粧品は自然派をうたっていたにも関わらず、かぶれてしまったんです。妹のために安心して使える化粧品をつくりたくて、理科室のはじっこを借りて、ビーカーひとつとホットプレート、撹拌棒だけを使って口紅をつくり始めました。

露木しいなさん
Green School Baliの理科室で口紅の研究を始めた
写真提供:露木しいなさん

妹が安心して使える口紅は、その研究によってつくることができました。ただ、初めてゼロからものづくりをしてみて、ものをつくる過程で生まれる社会課題があることを知りました。

例えば動物実験だったり、結局リサイクルされない化粧品の容器だったり、自然由来ではあるものの森林伐採しながら育てているパームオイルだったり。「人にやさしいもの=環境にやさしいもの」というわけではないんですよね。

妹に使ってもらえるものは完成したから、ここからは、ものづくりを通して生んでしまっている社会課題を解決できるようなものづくりをしようと心に決めました。化粧品に関する法律を勉強し、卒業して日本に帰ってきてからは、口紅を製造してくれる工場を探しました。

露木しいなさん
露木しいな(つゆき・しいな) / SHIINA organic Founder / 環境活動家
2001年横浜生まれ、中華街育ち。15歳まで日本の公立学校に通い、高校3年間を「世界一エコな学校」と言われるインドネシア・バリ島の「Green School Bali」で過ごし、卒業。2018年にCOP24(気候変動枠組条約締約国会議)in Poland、2019年にCop25 in Spainに参加。肌が弱かった妹のために口紅を開発し、〈Shiina Cosmetics(現SHIINA organic)〉を立ち上げる。2019年9月、慶應義塾大学環境情報学部に入学。現在は、環境講演を全国の小中高等学校におこなうため、休学中。220校3万2000人以上にお話を届けた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「18歳の露木しいなと言います。インドネシアのGreen School Baliを卒業しました。口紅をつくって社会を変えたいです」

そんなメールを40社くらいに送りました。明らかに面倒くさそうですよね(笑)。お金はなさそうだしロット数も少なそうなのに、こだわりだけは強そうで。返信をいただけたのは3社、直接お話できたのは1社だけでした。

その1社が、いま製造をお願いしているケアリングジャパンさんです。シャンソン化粧品の別部門として設立し、2008年に化粧品受託製造業者として日本で初めて、オーガニックコスメの世界基準であるコスモス認証(エコサート)を取得した会社です。

つくってくれる工場は決まったものの、私のこだわりが本当に強かったので、商品化できるまでに5年かかりました。

「確認できない」で終わらせたくない

「SHIINA organic」の口紅は全成分の72%を8種類の天然オイルが占めます。主な成分であるツバキオイルは、伊豆諸島の利島村で、地元の農家さんが手で一つずつ拾ってくれたヤブツバキの種をじっくりと搾油したものを使わせてもらっています。

Green School Bali在学中に何度も現場に足を運んだように、利島に行って生産工程を実際に見て、椿農家さんまでたどって原料の安全性を確認しています。ただ、「じゃあ他の成分はどうなっているの?」と消費者には疑問を持ってもらいたいんです。

露木しいなさん
ツバキオイルの原料である、東京・利島産の椿の種
写真提供:露木しいなさん

口紅にはツバキオイル以外にも20種類ほどの成分がありますが、産地は南アフリカやメキシコなど世界中にあり、私の足だけではトレーサビリティを確認できないものもあります。「確認できませんでした」で終わらせたくなかったので、初回の生産ではエコサートを取得することにこだわりました。

パームオイルはRSPO認証(Roundtable on Sustainable Palm Oil)を受けたもの、そのほかも第三者機関によって認証が確認できた成分を使用し、自分では把握しきれないトレーサビリティを、第三者の力を借りて透明性を図れるようにしています。

認証を取ることがすべてだとは思っていませんし、「SHIINA organic」にもまだできていないことはたくさんあります。時間もコストもかかるので、一歩を踏み出してから一歩ずつ広げていけたらと思っています。

SHIINA organic
口紅はアルミケースとリフィル(詰め替え用)に分かれており、好きな色のリフィルをケースに差し込んで使うスタイル
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
SHIINA organic
写真提供:SHIINA organic

多くの人を巻き込む理由

椿の種をひとつずつ拾っている農家さん、製造と認証の過程に携わるすべての人、ボランティアで手伝ってくれている SHIINA organicの「オフィシャルサポーター」のチーム......この口紅は、みんなの思いや物語がちょっとずつ集まってできています。誰が欠けてもできなかった、みんなの口紅です。

初回生産をクラウドファンディング限定で販売したのも、多くの人に少しずつ関わってもらうことが、社会問題の解決には大事だと考えたからです。

大手企業や力がある人、お金がある人だけで変えられる問題なら、とっくに解決しているはず。結局、企業がどんなに環境にやさしいプロダクトを提案しても、それぞれの消費者がちょっとずつ意識をもって行動していかない限り、変わらないし、意味がないのだと思います。

だからこそ、地味だし面倒くさいけれど、みんなにちょっとずつ関わってもらえるようにクラウドファンディングやボランティアで裾野を広げることを意識しています。

露木しいなさん
COP(気候変動枠組条約締約国会議)に参加した露木さん(左から2人目)。中央はスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん
写真提供:露木しいなさん

まずは「問題に加担しない」

この口紅をつくることを通して社会課題を解決したいという思いが強くありますが、今はまだ解決というよりは、問題に加担しないということくらいしかできていません。

例えば、口紅のケースはリサイクルできるアルミ製で、購入いただいた方に配送するときの梱包はプラスチックゼロにこだわっています。でも、工場から私たちのところに製品が送られてくる際には、大量のプラスチック製の気泡緩衝材に包まれているんです。

どれだけ消費者にエコな口紅だとうたっていても、見えないところでプラスチックを使い捨てしていては意味がありません。どうにか捨てない方法や減らす方法はないものかと考え、次に納品してもらうときに再利用してもらえるよう、工場にお返しすることにしました。

工場から送られてきた気泡緩衝材を重ねるとこんなに大量に
出典:Instagram @shiina.co

テープを丁寧にはがしてすべての気泡緩衝材を重ねる作業に3時間ほどかかりました。それから段ボールに詰めて、1670円を払って工場に送り返しました。正直なところ、労力も時間もお金もかかります。

でも、小さいブランドだからこそできることもあるし、小さいブランドのときにやっていないことは大きくなっても絶対にやらないでしょう。だから今こうやって地道にやらなければならないのだと思っています。

気候変動は待ってくれない

もともと環境活動家ですから、社会課題を解決できないものづくりには意味がないという思いが強くあります。どんなに時間がかかっても、お客さんがほしいときに買えない状態が続いたとしても、妥協はしたくありません。

だから、待ってもらうしかないんです。口紅なんて、なくたって生活できますから。

露木しいなさん
学校で講演活動をする露木さん
写真提供:露木しいなさん

環境活動家として全国の学校で講演をするにあたり、「大学は待ってくれるけど気候変動は待ってくれない」との思いから、大学を休学することを決めました。それと同じで、「口紅はなくてもいいけれど、社会課題は待ってくれない」と、つくり手でありながら思っています。

常に在庫を持っておいて売れるだけ売るのが一般的なビジネスモデルですから、経営者としてはありえないですよね。つまり私は、口紅という「もの」を売っているようで、「ビジョン」を売っているんだと思います。

そのビジョンは「Our Choices Make the Futureー私たちの選択が未来をつくるー」です。世の中にたくさん溢れているもののうち、何にお金を使うかの選択が、どんな世の中になるかにつながります。小さなことでも一つひとつ、よりよい選択をすることの大切さを提案していきたいです。

SHIINA organic
SHIINA organicの口紅は現在、クラウドファンディングで完売し、一部の展示会でしか買うことができない
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

だからといって「環境にいい」というだけで選んでもらえるわけではありません。「かわいいから、ほしい」という流れで選んでもらえるような魅力的なものをつくることが大前提です。

私がつくっているのは、少し高めで、ほしいときにすぐ手に入らない口紅です。小ぶりですが、新鮮なうちに使い切れる量で、リフィルで詰め替えができます。なめても害がなく、唇に塗るだけでなくアイシャドウやチークとしても使えます。発色が美しく、なめらかなつけ心地です。日本の丁寧なものづくりの技術が詰まっているので、今後は海外にもアプローチしていきたいです。

妹のために小さく始めたことが、少しずつ輪が広がって、社会課題に加担しない口紅をつくることができました。社会課題の解決に向けて、もう少しビジネスが安定したらできることは何かを考えることが、SHIINA organicの次のミッションです。

いまさらだからこそサステナブル
特集:いまさら「だからこそ」サステナブルって?
OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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