「小さなパイを奪い合うなら、パイを大きくすればいい」 史上最年少の女性市長が、阿波おどりを変える
歴代最年少の女性市長として36歳で徳島市長となった内藤佐和子さん。2020年に就任後、民間企業との連携など大胆に市政改革を進め、自身に対する不信任決議案の提出やリコールなどについては「ケンカしてる場合じゃない」と一蹴します。ビジネスマインドをもったまちづくりについて、じっくり聞きました。
D&Iな祭り
ーー徳島といえば「阿波おどり」。3年ぶりの本格開催となった2022年は黒字化の見込みとなったというニュースがありました。
もともと阿波おどりは40年間の累積赤字が約4億3000万円ありました。
雨や台風で中止になったときの払い戻し、屋外の桟敷の新設や補修、河川敷の駐車場からのシャトルバス運営費など経費が多くかかるので、そもそも事業としては黒字になりにくい立て付けなんですね。
赤字にフォーカスされてきたのは、政治的な駆け引きや内紛の面もありました。小さくなっていくパイを取り合ってケンカするくらいなら、パイを大きくしてみんなで潤うほうが絶対にいいじゃないですか。そこで収入を増やすため、これまでのクラウドファンディングや広告協賛に加え、演舞場などのネーミングライツ(命名権の売却)を導入することにしました。
伝統芸能であれビジネスマインドをもって運営していくことは大事です。ただ、単年度の黒字にこだわったというよりは、阿波おどりを多くの人に楽しんでもらってずっと続けていくにはどうすればいいかをゼロベースで考え直した形です。
ーー伝統芸能は、ビジネスとは一線を画して同じ形で守り続けるべきだという意見もありそうです。
阿波おどりには興行という側面もあります。屋外の桟敷は有料の指定席のため、そこで観覧してくださるのは年齢が高めでリピーターの方が多いです。若い人もお金を払ってでも見に行きたいと思ってもらえるような阿波おどりにしていかないと、興行としては続けていけません。
そこで実行委員会の公募委員には、年齢を問わず高校生からも応募できるようにしました。昔から関わっている人も若い人も、市内の人も市外の人も、みんな融合して先を見据えてやっていこうというメッセージを込めました。
阿波おどりっていまの世界を象徴するお祭りだと思っています。観客と踊り手の境目がないんです。性別や年齢や国籍に関係なく踊れて、車椅子の連もあって、踊りに疲れたら三味線や笛でも参加できる。すべてにおいて垣根がない、まさにダイバーシティ&インクルージョン(D&I)のお祭りなんですよ。
だからこそ、もっといろんな人に知ってもらって参加してもらい、世界に売り出していきたい。阿波おどりをきっかけに多くの人に徳島に来てもらえるように、みんなで盛り上げていかなきゃいけない。ケンカしている場合じゃないんですよ。
阿波おどりで改善しなきゃいけない部分はもちろんある。でも、もう仲良くみんなで踊ろうよ。楽しもうよ。私はみんなで楽しく踊って、徳島を、そして阿波おどりの前向きな発信がしたいよ。改善すべきところをみんなで変えてこうよ。私は今日もみんなの笑顔が見えて嬉しかったよ。#阿波おどり #徳島市
— 内藤佐和子 徳島市長 (@sawacom0327) August 14, 2022
「楽しんだもの勝ち」
ーー東大卒、難病、まちづくり活動、Uターン、女性の最年少市長という、異色の経歴にも注目が集まっています。
将来はアメリカに行って弁護士になりたいという夢があったんです。ところが東大在学中の20歳のときに難病の多発性硬化症を発症し、あきらめざるを得ませんでした。
ここで死ぬかもしれないという経験をして、「人生、楽しんだもの勝ち」だと実感しました。とにかくそのときに心を動かされたことに全力で取り組むうちに、学生記者をしたりベンチャー企業を始めてみたり徳島のまちづくりに関わったりと、いろいろなことに挑戦していました。
東大法学部を卒業したというと、官僚になって首長になって...という、いわゆるトップから行政に関わるルートを想像されがちです。私はまったく逆で、いきなり地べたを這い回ってまちづくりを手弁当で10年やってから市長になったんですね。
だから現場を知っているし、若者代表として審議会に出ていたので、市役所や県庁にも知り合いがいます。
徳島県と徳島市の間ではホールの建設をめぐって長い紆余曲折があって、まちづくりが前に進んでいない状況でした。前回の市長選が無投票で現職の再選となりそうだったため、「誰も出ないなら私が出て変えるしかない」と出馬したんです。
地方出身で大学で東京に出て、Uターンして、家業の機械の分野を知るために地元の徳島大学で理系を学び直して、ボランティアでまちづくりをして、市長になって......。国が求めている人材って、もしかしたらこういう人なんでしょうかね?
国はUターンや女性の活躍、リスキリング※ などを推進しているので、それらを融合したロールモデルかもしれません(笑)。
※リスキリング = 新しい職業や変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること
絶対に折れない理由
ーー市長不信任決議案が提出されたり、市民団体からリコール(解職請求)に向けた署名が提出されたりもしました。不信任案は市議会で否決され、署名は一部偽造の疑いがあるとして徳島県警が捜査していますが、逆風についてはどうでしょう。
不信任案やリコールは市長としての実績に対してではなく、選挙の禍根だという認識です。もともと徳島は政治闘争が激しいところなので巻き込まれた感はあります。
不倫や妊娠の噂まで立つんですよ。友達は知り合いから真顔で「市長は誰が本命なの?」と聞かれたことがあるそうです。だから違うって!
ただ、リコールやゴシップによって、地元紙以外にもさまざまな媒体に取り上げられるようになりました。あの「週刊プレイボーイ」にも改革派の首長として掲載されました。多様な媒体を通して全国に徳島のことを発信できるのはありがたい、と開き直っています。開き直るしかないんですけど。
反対派の方からは「内藤佐和子は折れない」という声が聞こえてきます。彼らの目的は内藤佐和子を倒すことですが、私の目的は社会を変えること。だから絶対に折れないんですよ。
社会を変えようと本気で思ったら、いろいろなことと戦っていかなければなりません。それを思うと、私個人に対して何をされても些末なことに感じます。社会を変えたいという信念は絶対に変わらないので、間違っているものは間違っていると言うし、誹謗中傷は気にしません。
ーー民間企業と連携した取り組みをどんどん進めているのが印象的です。どんなきっかけで連携するのでしょうか。
例えば「生理の貧困」についてTwitterで情報収集をしていたら、学校に生理用品を無償提供している「レッドボックスジャパン」という団体があることを知りました。「うちにも届けてもらえませんか」とDMしたことがきっかけで、徳島市内の中学校15校と高校1校に継続的に届けてもらっています。
その取り組みを紹介する記事を読んだ地元の大学生が、アルバイト先の宅配寿司「銀のさら徳島店」の店長に話したことで、「銀のさら」も市に生理用品を寄贈してくれることになりました。きっかけをつくってくれた大学生にも参加してもらい、市役所で「銀のさら」に感謝状を渡しました。
私はまちづくりをボランティアで10年やってきたこともあり、自分が動けば社会が変わるんだという成功体験をもつ若い人が増えていくことに可能性を感じます。阿波おどりの実行委員会に高校生や大学生に入ってもらっているのも、たとえ発言が少なくても、まちづくりに関わるアクションの一員になっていることを意識できると思うからです。
自分の意見を聞いてもらえた、活動できたという経験は、徳島を出たとしてもその後の人生につながるでしょうし、徳島に帰ってくるきっかけになるかもしれないし、いつかどこかで徳島に貢献してくれたりつながったりするかもしれません。
自分たちはまちを変えられる、社会を変えられる、世界を変えられるんだと思う子どもたちが徳島市でも増えるといいなと思っています。
徳島で東京の賃金を得る
ーー徳島市も他の多くの自治体と同様、少子高齢化が進んでいます。志のある若い人たちは徳島と関わり続けていくでしょうか。
徳島市にくる人を増やしたいという思いはありますが、移住で呼び込んだらプラス1でも、出ていかれたらマイナス1になってしまいます。マイナス1を出さない施策も必要です。
東京の会社に就職したとしてもフルリモートなら、徳島に住みながら働けるし、東京の水準の賃金を受け取れるのでは。そう考えてIT人材の育成に取り組んでいます。
徳島市に住む女性を対象に、ウェブマーケティングの知識やITツールのスキルを学び、認定資格をとって業務をはじめるまでをサポートする「とくしま TECH WOMAN」というプログラムです。東京の女性活躍推進企業である株式会社Surpassと連携協定を結び、2021年にスタートしました。
これまでに非正規雇用、ひとり親など16人が受講しましたが、認定資格をとれたのは3人。とてもハードなプログラムです。でも当然、東京でも給料を上げるためには学んだり資格をとったりと努力するわけで、徳島にいて楽して東京と同じ賃金を得られるわけはもちろんないので、そこは同じ土俵でやります。
これはジェンダーギャップ解消のための取り組みでもありますが、都市部と地方の賃金格差の解消や雇用機会の創出という意味では、東京のIT企業とのリモートでの連携をより進めていきたいです。
ーー徳島から全国に発展するような取り組みもありそうですか。
徳島市では2020年の「パートナーシップ宣誓制度」に続き、2021年2月には全国で2例目の「ファミリーシップ制度」も導入しました。パートナーシップ宣誓をしたカップルと一緒に暮らしている子どもも家族であることを証明するものです。
パートナーシップもファミリーシップも、党派や思想に関係なく「当たり前の人権」だと思っています。国が動かないから、少なくとも地方から動きを見せていくしかない。自治体が本気で変えようと思ったら変えられることはあると信じています。
そういうぶれない軸をもって動いていると、共鳴してくれる人が一定数います。徳島だけでなく東京や日本全国、世界も含めたいろいろな仲間と、日本をどうしていくか、世界をどうしていくかを考えたい。
いま、30代の女性市長って全国で私だけなんですよ。全国市長会に出席すると、年配の市長から「君、席どこかな?」って職員だと勘違いされることがあるくらいです。でも、若くても、女性でも、普通に市長になれる社会になってほしいんです。私たちの世代がどうにかしないといけないという気持ちはすごくあるので、徳島からどんどん変えていきたいですね。