老舗企業の株主総会が"紛糾"。怒号ではなく、はしゃぎ声が飛び交う
会社の経営について重要な決定をする株主総会。そこに子どもと一緒に参加できる「子どもまんなか株主総会」を老舗おもちゃメーカーのピープル株式会社が実現しました。なぜ株主総会に子連れ、なのでしょうか。そして株主たちの反応は。
2023年4月13日、ピープル株式会社の第46回定時株主総会。
会場の後方にはプレイスペースが設置され、ジャングルジムやテント、色とりどりのおもちゃで遊ぶ子どもたちの姿が。ヨチヨチと走ったりはしゃぎ声を上げたり、思い思いに楽しんでいます。
そこだけ見るとショッピングセンターのプレイランドのような微笑ましい光景ですが、同じ会場の前方では重要な議事が淡々と進行されています。ハイハイする赤ちゃんの小さな背中には「議長権限出席者」という名札が。
これは、同社がスタートした新しい形の株主総会「子どもまんなか株主総会」。株主が子どもや孫と一緒に入場でき、同じ会場内で大人は議決に参加、子どもたちはおもちゃで遊びながら自由に過ごせるというものです。
授乳可、託児もあり
同社ではこれまでの株主総会でも子連れで出席することは可能でしたが、今回は事前の案内を送る際、以下のような会場の説明をして子連れ歓迎であることを強調しました。
- 未就学児が対象
- 会場内にキッズプレイコーナーを設ける
- 別室におむつ替え・授乳スペースを設ける
- 要望に応じてスタッフが託児をする
- 会場内にベビーカーの持ち込み可能
ピープル執行役の森本裕子さんはこのように話します。
「この取り組みは『子どもの好奇心がはじける瞬間をつくりたい!』という当社のパーパスに基づいたものであることも説明しました。子ども同伴の方もそうでない方も、株主総会の当日を少しでも想像しやすいようにと事前にご案内しました」
商品の魅力を伝えられる
ピープル株式会社は、知育玩具の「ピタゴラス」やお世話人形の「ぽぽちゃん」などで知られる、1982年創業のおもちゃメーカーです。
なかでも、ティッシュやマヨネーズ、リモコンなど身の回りのいたずらをアイテムにした「やりたい放題」は、1985年の初代発売以来のロングセラー商品。子どもの遊びを観察し、好奇心に応える商品開発を目指しています。
このため同社では、5営業日のうち3、4日は親子連れにオフィスを訪れてもらい、モニタールームで子どもたちが遊ぶ様子を観察しています。ビジネスの場に子どもがいて、子どもの声が聞こえるのが当たり前の風土はすでに根付いていました。
そんな中、株主総会に子どもたちにも参加してもらうというアイデアを、森本さんが提案しました。
「以前、ベビーカーを押して株主総会に出席していた株主の方に声をかけ、当社のおもちゃを渡したらお子さんが楽しそうに遊んでくださって。その方から『こんなおもちゃをつくっているんですね』と言われたんです」
株主総会に子どもが参加することで、商品の魅力について株主に直接知ってもらえると同時に、子育て中の株主にも出席してもらいやすくなる。さまざまなメリットが考えられる一方で、子どもが泣いたり騒いだりして議事の妨げになるかもしれないという懸念はありました。
しかし、「子どもがいれば騒ぐのは当たり前だと受け入れてもらえるような雰囲気づくりをしよう」と体制を整え、当日を迎えました。
「子どもが騒いだとしても静かにさせるような対処はせず、会場全体が自然と子どもを受け入れられるようにポジティブな声かけをしていきたい」
ピープル代表の桐渕真人さんは、そう決めて臨んだといいます。
罪悪感がなくなった
当日は55人の出席者のうち約5分の1にあたる12組が子ども連れで参加しました。
「いつもはシーンとした株主総会ですが、子どもの声があることは私たちにとっての日常でございます。ピープルは子どもたちのための会社ですので、今回はこのような形で進行したいと思います」
株主総会の冒頭、議長を務めた桐渕さんの挨拶が終わらないうちに株主たちから拍手が起きました。
「鳥肌が立つような感動を覚えました。この瞬間を覚えていようと強く思いました」(森本さん)
開催後に実施した株主アンケートでは、株主総会の出席者からはこのような意見があったといいます。
- 「玩具で遊んだり社員の方と話すことで、企業や製品についての理解が深まった。子どもと同伴でないと総会に参加できなかったため、大変ありがたかった」
- 「親の用事に子どもを付き合わせることに罪悪感があったが、子どもが楽しそうに玩具で遊んでいる姿を見て、その気持ちはなくなりました」
- 「株主総会中の説明の声が、遊びスペースのある後方では聞きづらかった」
決心をさらけ出した
株主アンケートの結果を受けて、森本さんは話します。
「1回で大きな成果を出すのではなく、3回くらい時間をかけて新しいスタンダードをつくっていく!という目標設定をしていました。ところが1回目にして、私たちの想像を超えて好意的に受け止めていただけたというのが率直な感想です」
企業が新たな事業を始めたり変化を起こしたりするときに株主や顧客の理解をどう得ていくかは、多くの経営陣が直面する課題です。株主から一定の評価を得られたことに、森本さんは手応えを感じています。
「パーパスを軸に行動し、ステークホルダーの皆さまに『私たちの熱量』を丁寧に伝え続ければ、良い点も課題も率直に返してくださる。こうしたコミュニケーションを積み重ねていくことで、少しずつ変わっていくのかもしれないですよね。おもちゃの会社だからできたというよりも、私たちの決心をさらけ出したからできたことなのかもしれません」
同社は株主アンケートから得られた改善点を今後の株主総会の運営に生かしていく、としています。