大好きなお人形で遊べなくなった男の子に「選ぶ自由」を。老舗おもちゃメーカー代表の挑戦
子どもは4歳ごろからジェンダーステレオタイプ(※)を身につけることを京都大学などの研究グループが明らかにし、話題になりました。子どもが遊ぶおもちゃは、幼少期からのジェンダー観に影響しているのでしょうか。おもちゃを通して好奇心を研究しているメーカーの実践を取材しました。
※ジェンダーステレオタイプ = 男らしさ、女らしさといったジェンダーにまつわる固定観念や思い込みのこと
知育玩具の「ピタゴラス」、お世話人形の「ぽぽちゃん」などロングセラー商品を生み出しているおもちゃメーカーの老舗ピープル株式会社。
代表の桐渕真人さんは、6歳の次男が3歳だったある日のことをよく覚えています。
2歳のころから「ぽぽちゃん」が大好きで、いつも抱っこしてお世話をしていた次男。ところが、ある日を境に隠れて遊ぶように。こもっていた部屋をそっとのぞくと「見ないで!」と人形を隠しました。
「保育園で友達から『女の子の人形で遊んでいるの?』と言われたのかもしれません。きたな...!と感じました」
次男は5歳になると一切、ぽぽちゃんとは遊ばなくなりました。
家庭だけで解決できない
桐渕さんは2人の男の子を育てる中で、ジェンダーステレオタイプとのせめぎ合いを感じてきました。
長男と運動靴を買いに行ったとき、ピンク色の靴に手を伸ばしかけた長男に、店員が「それは女の子用だよ」と声をかけてきたことがありました。桐渕さんは「あっ、止めなきゃ」と思ったものの、後のまつり。長男は手を引っ込めてしまいました。
また、子どもの世界での年齢のステレオタイプにも直面しました。保育園時代に男の子に大人気だった戦隊もののベルトは「1年生になると恥ずかしいもの」というレッテルが貼られたようで、小学生になった長男が着けることはなくなりました。
「子どもが好きなものをある日突然手に取れなくなるのは悲しく、残念です。誰の意見も気にせず選べるようにしていきたい。これは一家庭だけで解決できる問題ではなく、社会全体で取り組まないといけないと感じました」
男女でごっこ遊び
2022年2月、桐渕さんは次男と他社製品の商品リストを見ながら、おもちゃを選んでいました。こども園の子どもたちに遊んでもらう18種類のおもちゃを決めるためです。
キャラクターがついていて性別がわかりやすいようなものは避け、メーカーによって「男児用」「女児用」と対象が決められているおもちゃは、男女どちらかに偏らないよう、次男の意見を聴きながら慎重に選びました。ドールハウスや将棋、おもちゃの楽器、おままごとのキッチン......。おもちゃが届くと、パッケージをすべて取り除きました。パッケージの色やモデルの性別や年齢で、誰を対象としているのかが表現されていることが多いためです。
2022年2月から、栃木県栃木市にある認定こども園さくらの4〜5歳児クラスにこれらの18種類のおもちゃを導入し、67人の子どもたちが遊ぶ様子を約11週間にわたって観察しました。見守る大人は、子どもがどのおもちゃを選んだとしても否定しないことがルールです。
「大人のジェンダー観や価値観に左右されることなく、子どもが主体的におもちゃを選び、自由に没頭して遊べる環境を提供したかったんです」
子どもたちは当初は同性同士で遊び、同じおもちゃを使い続けていました。しかし、2週間ほど経つと様子に変化がみられました。
ピープル執行役の森本裕子さんはこう話します。
「女の子が『男の子用』とされているおもちゃで遊ぶようになり、その逆もありました。ぽぽちゃんで遊んでいた女の子たちが、様子を見ていた男の子を誘って少しずつ一緒にごっこ遊びをするようになっていきました」
2022年10月、京都大学などの共同研究グループがジェンダーステレオタイプが幼児期から見られるようになるという研究を発表しました。4歳から7歳の子どもたちに「賢い人」や「優しい人」の話をしたあと、誰の話だと思ったかを、成人男女を示すピクトグラムから選んでもらうというものでした。
その結果、「優しい人」については4歳から女の子のほうが男の子よりも自分の性別を選びました。「賢い人」については4〜6歳では差がなく、7歳では男の子が女の子よりも自分の性別と結びつけていました。「男は賢い」「女は優しい」という思い込みが幼児期から生まれていることをうかがわせる結果となったのです。
売れなかった緑色のおもちゃ
ピープルが「おもちゃとジェンダー」の取り組みをはじめたのは2021年からですが、それまでもジェンダーにとらわれない商品開発の土壌はあったといいます。ただ、「子どもの好奇心と向き合う中で、届け方の難しさも感じてきました」と桐渕さんは打ち明けます。
2018年に発売した「ねじハピ」は、業界初のDIY玩具です。電動ドライバーを操作して色とりどりのねじをはめてドールハウスや小物入れをつくることができるおもちゃで、女の子向けとして売り出したことで注目を集めました。
「モデルの森泉さんがDIYをやっているということで、DIYが好きな女の子もいるのではないか、と開発しました。男性が持つイメージしかなかった電動ドリルをパステルカラーで丸みのあるデザインにし、デコの要素を取り入れたことで大ヒットにつながりました」(桐渕さん)
おもちゃ売り場などでサンプルで遊んでいる女の子を遠巻きに見ている男の子がおり、「男の子向けも出してほしい」と小売店から要望があったため、男女関係なく選ばれそうな緑色のパッケージの商品を2019年に発売しました。しかし、これがまったく売れなかったというのです。
「このときはまだ『DIYは男性がやること』という価値観が根強い中で、女の子が『私のためのものがあるんだ』と感じることで、手に取りやすかったんだと思います。性別にとらわれず遊んでほしいのに、いわゆる『女の子向け』にしなければ売れない。とても悩ましい問題でした」
DIYは男の子のものだという価値観。パステルカラーは女の子の色だという価値観。そうしたジェンダーバイアスを取り払いたいという価値観。さまざまな価値観が交錯する中で、子どもたちには純粋に好きだと感じるおもちゃを選んでほしい、と桐渕さんは話します。
「大人がいま触れる情報では、昔よりはジェンダーバイアスがなくなってきています。しかし子どもたちは、大人が何気なく発信した情報に触れながら学んでいくのです。ジェンダー観が変化している過渡期であるうちは、大人がいきなりいまの正解を示すのではなく、まずは子どもの純粋な好奇心に寄り添うことが必要ではないでしょうか」
選択肢をつくり続ける
同様に人形のぽぽちゃんでも、男の子がお世話をしているCMをつくったことがありましたが、売上にはつながりませんでした。
桐渕さんは自転車の担当をしていたときに、小中学生の男子が「無難な色」「いじめられないために」と黒、シルバー、青の自転車しか選ばない状況を目の当たりにしてきました。
「どちらかというと男の子のほうが、一般的に女の子の色や遊びとされるものに手を出しにくいことを実感しています。友達にからかわれたりいじめられたりする経験から男尊女卑の感覚が身についていくのだとしたら、そうならないためにも丁寧にアプローチをする必要があると感じています」
ビジネスとしては、売れるものやヒットするものを優先せざるをえません。緑色のパッケージの「ねじハピ」も、男の子が世話をするぽぽちゃんのCMも、いまはもう世に出ていません。しかし、数年後にきっと必要とされる日がくるだろう、と桐渕さんはみています。
「時間をかけて、その時代に合った選択肢をつくり続けていく。そのために売れるものをつくり、ビジネスを持続することが必要です。おもちゃメーカーとして、子どもの好奇心がはじける瞬間をつくり続けていくことで、価値観の変化としっかり向き合っていくつもりです」