島根県の「神話の里」にある博物館に、泊まった人だけが体験できる神秘的な空間がある
ヤマタノオロチ神話の伝承地である島根県奥出雲町には、日本で唯一の「泊まれる自然史博物館」があります。日本古来の製鉄技法「たたら製鉄」が栄えた里に、なぜ恐竜や鉱物が展示されているのか。その謎を探るため、夜の博物館に潜入しました。
出雲縁結び空港から車で1時間弱。鉄の生産が盛んだった頃には多くの人や物資が往き来していたとされる、山陰と山陽を結ぶルートを登っていきます。視界が開けたところで突然、恐竜が登場しました。
奥出雲多根自然博物館のシンボルである草食恐竜「エウロプロケファルス」です。
ここは、島根県奥出雲町に1987年にオープンした博物館で、日本でただひとつの「泊まれる自然史博物館」。2011年からは宿泊者限定の「ナイトミュージアム」も実施しています。
人口1万1480人の奥出雲町ですが、博物館の来館者は年間約2万人。このうち宿泊も利用したのは約7000人で、こどもがいる家族連れがほとんどだといいます。オープンから36年目となり老朽化が目立つ施設ですが、ここにどんな魅力があるのでしょうか。実際に1泊してみました。
あのドラマの裏方に
スーツケースを持ってエントランスを入るとまず、アロサウルスの全身骨格標本に見下ろされる形で迎えられます。
話題になったTBSドラマ「VIVANT」の島根県内での撮影の際には、スタッフが宿泊したそう。
受付でチェックインを済ませ、部屋の鍵をもらいます。
施設は6階建てで、博物館の展示室のすぐ上の3〜5階に19室の客室があります。6階にはレストランがあり、朝食や夕食付きのプランも選べます。入浴は、近くの「佐白温泉 長者の湯」、または大浴場を利用することになっています。
部屋のつくりはシンプル。ですが、恐竜がいます。家族連れには、二段ベッドがある「恐竜ルーム」が人気だそう。
夜に化石を見る
さっそく、午後7時からのナイトミュージアムに出かけます。
エレベーターで降りるとすぐに博物館ですが、外は真っ暗。すでに一般の開館時間は終わり、平日で宿泊者が少ないこともあって、ほぼ貸し切り状態。正直ちょっと怖いです。
博物館のテーマは「宇宙の進化と生命の歴史」。先カンブリア時代から現代にかけて地球の歴史と生物を学べるよう、約2000点の化石や鉱物が展示されています。
サブルームには、「島根のクロニクル」というコーナーがあり、島根県内で採掘された岩石などを見ることができます。
こどもに人気のゲーム「マインクラフト」で建築資材としておなじみの「閃緑岩」や「凝灰岩」を発見。
貴重な鉱物も、惜しげもなく展示されています。
すぐに復習できる
階段で2階に上がると、海をテーマにした展示となっています。ライトアップがきれい。
幻想的な空間で、時間を気にすることなくじっくりと観察に没頭できます。
3階にはキッズスペースや図書コーナーがあり、博物館で見た恐竜や化石についておさらいすることができます。この日は、「部屋に戻って休憩しよっか」と話しながら展示室と客室を行き来する親子がいました。
心ゆくまで見学したら、博物館クイズに挑戦しても、すぐにベッドに入ってもOK。宿泊できる博物館の醍醐味です。
宿場町の名残
翌朝、朝食でごはんを選ぶと、仁多米の土鍋ごはんと焼き鯖の献立でした。仁多米は、たたら製鉄で砂鉄を採るために山を切り崩した跡地を棚田に再生して育てられたブランド米。焼き鯖は、たたら製鉄が栄えた時代、山陰沖で獲れた魚を山間地まで運ぶ工夫として生まれ、この地域の人たちの貴重なタンパク源として愛されてきました。
レストランがある6階からの眺めは、集落と田んぼ。見たことがある三角屋根のついた建物が近くに見え、博物館もよく似た外観をしています。
改めて、なぜここに宿泊できる博物館がつくられたのかが気になります。奥出雲多根自然博物館の支配人である名和亨さんに、なりたちを聞きました。
「ここは、『メガネの三城』の創業者である多根良尾が『ふるさとへの恩返しに旅館をつくりたい』という思いから構想し、その遺志を受け継いだ長男の裕詞が建てました」
博物館の外観が「メガネの三城(現在はパリミキ)」の店舗と似ているのはこのためです。ただ、近くの「パリミキ奥出雲店」のほうは利用客が減って赤字が続き、2023年10月末で閉店しました。
かつて、鉄が流通する街道の宿場町としてにぎわっていた奥出雲町の佐白地区。過疎化したふるさとに再び泊まれる場所をつくりたいという創業者の夢を、国内外で化石や標本をコレクションしていた2代目が実現したのでした。
博物館に泊まるために県外からも人が訪れるようになったことから、2021年9月には、博物館の近くにあった築80年の古民家を地域の人たちの手で改装し、一棟貸しの宿泊施設「奥出雲百姓塾」としてオープンしました。
「奥出雲全体が、歴史や自然を楽しめる博物館のようなものと広くとらえ、『泊まれる博物館』から『暮らせる博物館』を目指しています」と名和さんは話します。
ワーケーションや二拠点生活などの長期滞在も想定した、泊まれる博物館と百姓塾。いずれもナイトミュージアムを利用できます。
Photo:Akiko Kobayashi / OTEMOTO