妻が妊娠したら、夫は何をすればいい? あるアンケートが「逆では」と話題に
広島県尾道市が市内の妊婦に配布していた文書が、「家事や育児に加え、夫のケアまで女性に押し付けるような内容だ」として批判を集め、配布が中止されました。「妊娠や出産に伴う女性の負担を理解していない文書に愕然としました」と話すのは、『わっしょい!妊婦』の著者である作家の小野美由紀さんです。「男性が妊娠や出産について知る機会が必要」と呼びかけています。
広島県尾道市は、子育て中の父親100人にアンケートをした結果として、「妻にしてもらってうれしかったことーー1位 家事、2位 育児、3位 マッサージ」などの回答を掲載した文書を、市内の妊婦に配布していました。
市は妊婦の夫向けに同様の文書も配布していましたが、Twitter上に投稿された妊婦向けの文書の内容に批判が集まり、平谷祐宏市長が謝罪。市は文書の配布を中止しました。
平谷市長は2023年7月25日、「妊婦さんや産婦さんなど、子育てに関わる方々の心情にそぐわない内容であり、多くの方々に不快な思いをさせてしまいました。性別による役割を固定的にとらえる意識や慣行を助長する可能性のある表現内容があり、配布を中止しました」とTwitter上で改めてコメントしました。
『先輩パパからあなたへ』の手紙につきましては、妊婦さんや産婦さんなど、子育てに関わる方々の心情にそぐわない内容であり、多くの方々に不快な思いをさせてしまいました。性別による役割を固定的にとらえる意識や慣行を助長する可能性のある表現内容があり、配布を中止しました。
— 平谷 祐宏 (@yukohirahira032) July 25, 2023
「僕のための本」
「時代錯誤も甚だしい内容です」
こう話すのは、2022年3月に娘を出産した作家の小野美由紀さんです。
「出産前後は身体やホルモンバランスの変化に加え、仕事の調整や保育園の準備など精神的な負担も大きい時期です。そんな妻に夫が『こうしてほしい、ああしてほしい』と要望するのは立場が逆でしょう。妊娠・出産・育児での女性の負担に対する理解のなさに愕然としました」
小野さんは、妊娠・出産を通して経験した身体の変化や夫婦げんかなどを赤裸々につづったエッセイ『わっしょい!妊婦』を2023年7月に出版しました。
妊活や授乳、性生活など女性が直面する状況をリアルかつコミカルに書いており、意外にも男性からの好意的なレビューが全体の3分の1ほどを占めているといいます。
「明らかに僕のための本」
「あらゆる男性の、『おれは(それなりに)やってる』幻想をぶち壊してしまう」
「高校の必修教材にしてもいいのではないか」
小野さんは反響に驚きつつも、「男性が妊娠・出産について具体的な情報を知る機会が少ないからではないか」と話します。
「妻の妊娠は夫にとって"謎現象"です。妊娠中は私もわからないことだらけでしたが、夫のほうこそ妊産婦の身体の変化についてもっと知る機会が必要だと感じました」
女性だけに積み上がるタスク
小野さんは、子育てを夫婦2人のプロジェクトに例えます。
「同じ立場の2人が同じスタートラインでコミットするのに、身体に負荷がかかるほうが相手をほめたり持ち上げたりしなければプロジェクトを進められないというのは、明らかにおかしいです」
ただ、女性に負担が偏りがちな事情も実感したといいます。
「妊娠中にやらなければいけないタスクは、最初はすべて女性にふりかかります。つわりに苦しみながらも役所の手続きや産院選びをしなければなりません。積み重なったタスクをやっていくうちに、私ひとりのプロジェクトなんだという意識が育ってしまっていたところがありました」
「それでもやっぱり夫にプロジェクトの当事者になってほしいい気持ちがあり、それが吹き出して夫婦げんかになったのだと今になって思います」
『わっしょい!妊婦』では、ささいなことで夫婦げんかが絶えなくなり、夫の提案でカップルカウンセリングを受けたことをつづっています。小野さんの夫が「夫の目線」からコメントを補足しているのもこのエッセイの特徴です。
カウンセリングを受けるうち、夫もこれからのことに不安を抱いていたことがわかった。出産までの道のりは私一人だけのものではなく、彼のものでもあった。考えてみれば、私が妊娠前に知りたかったあれこれは、そっくりそのまま夫にとっても知りたかった内容であるはずだ。(小野さん)
(出典:『わっしょい!妊婦』)
男性にとっての「妊娠・出産」というライフイベントがあまり語られないのは、「妊娠・出産する本人ではないから」かもしれません。しかし、マイナートラブルで苦しむ奥さんと喧嘩する時点で旦那さんもじゅうぶん当事者のはずです。(夫)
(出典:同)
男性も出産の当事者
エッセイに夫目線のコメントをつけるというのは、小野さんの夫からの提案でした。
妻の妊娠に当事者として関わりたいと自分では思っていても、男性が蚊帳の外に置かれがちだと感じた場面がいくつもあったからです。
両親学級で妻しか名前を呼ばれなかったり、コロナ禍だったこともあって健診や検査に夫が同伴できなかったり。妊娠・出産に関するエッセイは多く出版されていますが、女性向けのものがほとんど。そこで夫目線のコメントを入れることで、男性を巻き込めたらと考えたといいます。
「男性が感情移入や共感をしやすくなったり、妻が夫に勧めやすい本になったりするとうれしいです。妊娠・出産の当事者は女性だけではないというメッセージもこめました」(小野さん)
男性に向けた勉強会を
以前の妊娠では人工妊娠中絶を、今回は出生前診断をすることを選択した小野さん。迷いや本音もありのままに書いています。
「妊娠中に社会や夫に対してモヤモヤすることがあったとしても、体調の悪さや産後の慌ただしさの中で言語化する機会がないまま過ごし、モヤモヤを引きずっている女性は多いです」
「妊娠初期から出産にいたるまで、女性が社会に強いられている重圧を個人の体験を通じて包み隠さず書くことで、同じように『おかしいな?』と感じている女性たちの気持ちを少しでも軽くできれば、と思いながら書きました」
陣痛が起きてからコロナ陽性が判明し、陣痛促進剤ののち帝王切開というハードな出産を経験。それでも「出産は祝祭だった」とポジティブにエッセイを締めくくっています。
「このご時世、『子どもを産んだほうがいい』などとは思いません。ただ、産みたいと思っている人が、社会的な制約や親はこうあるべきという重圧のせいであきらめているのだとしたらもったいないと感じます。子育ては大変だけれど、楽しい。のびやかに出産できる社会になってほしいです」