「やっぱりイオンが楽しくて...」 まちづくりは誰のため? "多様な視点"について考えた

小林明子

国土交通省が主催するまちづくりに関する公務員向けの講座で、講師陣に当初、女性がひとりもいなかったことが批判を集めました。多様な人の意見をまちづくりに生かすことの大切さとその難しさを、専門家に聞きました。

国土交通省が主催するまちづくりに関する公務員向けの講座で、2022年7月にTwitterに投稿された告知ポスターに掲載された講師25人全員が男性だったことに批判が相次ぎました。国交省は8月22日、新たに女性講師15人を選任したと発表しました。講師の人数とカリキュラムを増やし、多文化共生や障害者福祉、子育て環境の専門家も加えました。

この件を機に、都市計画に多様な視点を生かすべきだという議論が広がりました。また、男性基準で計画された都市が抱える問題を指摘する『フェミニスト・シティ』の翻訳版が9月に出版されることもあって、まちづくりにおける多様性に注目が集まっています。

年齢も性別も職業も国籍もさまざまな人々が暮らし、利害関係や矛盾を多くはらむ地域社会。誰もが暮らしやすいまちをどうやって実現すればよいのでしょうか。都市計画が専門で、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授の松行美帆子さんに聞きました。

松行美帆子(まつゆき・みほこ) / 横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。東京都都市計画審議会委員、神奈川県地方創生推進会議委員など。東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。専門分野は都市計画、特に開発途上国の都市計画、人口減少時代の都市計画。共著に『グローバル時代のアジア都市論 持続可能な都市をどうつくるか』など
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女性が正当に扱われないまち

ーー「まちづくりに女性の視点は必要ないの?」と批判された今回の件。「人口の半数は女性なのに」という声もありました。

まず、すでに研究を通して明らかになっていることは、女性にそっぽを向かれる都市はやがて消滅するだろうということです。

2014年に、増田寛也元総務相ら民間有識者による日本創成会議が「消滅可能性都市」を発表しました。2010年から2040年にかけて、20〜39歳の女性が5割以下に減ると見込まれる自治体です。この年代の女性が流出すると、次世代の人数に影響するという推計によるものです。

ニッセイ基礎研究所の人口動態シニアリサーチャーの天野馨南子さんも「2021年47都道府県・人口移動解説」というレポートで、女性の人口移動による影響の大きさを指摘しています。

2021年に転出超過によって人口が減った37道府県のうち30道県は、女性だけ、もしくは男性より女性が多く減ったというデータなどをもとに、女性の転出超過がそのエリアの出生数にも影響し、中長期的な人口減につながっていると分析しています。

都市が生き残るためには、女性にとって暮らしやすいまちをつくるというのはとても重要な視点です。そして、それはインフラの整備に限りません。地域に住む人たちの価値観も関係しているのです。

女性は結婚・出産するのが当たり前のように扱われたり、会社やコミュニティで女性だけ雑用をさせられたり、男性より下に見られたりといった正当に扱われない状態がある限り、若い女性はそっぽを向き、転出していき、その地域は人口減少することになるでしょう。

少子化対策としてお見合いパーティーや婚活支援を自治体が主催して若い女性を呼び込もうとしているところもあります。しかし、働きたいと思えるような職場がないために女性が転出していっている状態でそのような対策をしても、ミスマッチなのです。

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ーーそうすると、やはりまちづくりには女性の視点が必要で、意思決定者や専門家にも女性を含めていく必要があると。

もちろんそうなのですが、女性でなければならないのか、という議論も同時にあると思います。

いま、父親が子育てすることは当たり前になりつつあります。道路に段差があるとベビーカーを押しづらいとか、公共トイレにおむつ替えのスペースが必要だといった生活者目線のニーズは女性に限りません。

公共交通機関でベビーカーを折りたたまずに乗車できるという国交省の啓発の取りまとめに携わった宇都宮大学教授の大森宣暁さんは、専門家でもあり、3人の子どもを育てる父親でもあります。

「女性ならではの視点」と限定することは性別役割分担を強化してしまうことにつながりかねないのでは、と気になっています。大切なのは、多様な生活者の意見を聞くことです。

ーー今回の件では、女性の専門家が少ないということも改めてわかりました。

国交省や自治体の審議会ではすでに、ジェンダーバランスを考慮して一定割合の女性を含めることになっています。

しかし、工学部、特に建築や土木の分野を学ぶ女性は少ないため、まちづくりに関する女性の専門家はまだまだ少ないのが現状です。そこの多様性も広げていくことも、これまで足りていなかった視点をまちづくりに生かすことにつなげられると思います。

『フェミニスト・シティ』は、車で職場と自宅を往復している男性の視点を中心にまちづくりがされてきたため、徒歩や公共交通機関での移動が多い女性にとって歩きやすいまちがつくられてこなかったと指摘しています。

この点では最近、日本でも動きがあります。車中心から人中心にと、「居心地が良く歩きたくなるまちづくり」として「まちなかウォーカブル推進プログラム」の取り組みが全国的に進んでいます。パブリックスペースを居心地よくしようというのは、都市計画では主流の考え方になってきています。

都市開発の事例として注目を集める米ポートランド。
「再開発地域にある公園『ジェイミソン・スクエア』は、子どもも大人もくつろげる空間になっています」(松行さん)
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ホームレスはどこに

ーー女性の視点を生かしたまちづくりをすれば、誰にとっても居心地がよいまちになる、ということでしょうか。

実はそこが難しいところなんです。

誰のためのまちづくりなのか、誰にとっての居心地のよさなのか。これはとても複雑な問いです。すべての人にとってハッピーな答えが絶対に出せないのが、まちづくりだからです。

東京都豊島区は2014年、東京23区で唯一「消滅可能性都市」に指定されました。その衝撃は大きく、そこからさまざまな対策を打ちました。2016年に「女性にやさしいまちづくり担当課」を新設したり、財政を見直したり、公園を再生したりした結果、人口は増えてきました。

池袋駅の近くにある南池袋公園はいま、芝生広場やおしゃれなカフェがあり、週末にはキッズテラスで子どもを遊ばせる家族でにぎわい、活気のある空間になっています。

しかし、もともとは寂れた公園で、路上生活をしている人たちのテントが並んでいた場所なんです。

子育てしている人からは「安心して子どもを遊ばせることができる」とポジティブな声があがっていますが、ホームレスの人たちの居場所がなくなったという点ではどうでしょうか。

これは「ジェントリフィケーション(gentrification)」といい、再開発や文化的活動などによって、低所得層の人たちが住んでいる地域を活性化することを指します。その結果、地価が上がるため「都市の富裕化現象」とされる一方で、もともといた低所得層の人たちが追い出されてしまうという問題があります。

アメリカでは人種差別や格差に関する議論が常にあるため、ジェントリフィケーションの問題点についても頻繁に声が上がります。一方、日本ではあまり議論にならず、多くの人はポジティブに受け止めがちです。

すべての人の声を吸い上げてまちづくりに生かしていくことが大切ですが、その中でも特に声をあげにくい人たちがいます。そうした声も拾っていき、全体でバランスをとるしかないのですが、それがとても難しいです。

まちづくりに多様な声を生かすために、障害をもつ人、高齢者、子ども(子育てをしている人)に対してのヒアリングや配慮は進みつつあります。

しかし、さらにマイノリティである人たちや社会的弱者である人たち、たとえばホームレスやネットカフェ難民、外国人にとって暮らしやすいまちづくりという観点での議論は、日本ではまだ進んでいないのが現状です。

ーーまちづくりの「正解」って難しいですね。

都市全体がすべての人にとって良い状態にはならないですからね。では「良い都市の形とは何なのか」と考えたときに、私は研究をしながらも子育てするひとりの生活者として実感したことがあるんです。

都市計画において良くないとされることのひとつに「スプロール化」があります。郊外に住宅や大型商業施設などが建設されて、都市が無秩序に拡大することを意味していて、結果として中心市街地の衰退を招きます。日本では「まちづくり三法」の改正によって郊外への大型店の出店は規制されました。最近は「コンパクトシティ」を推進して中心市街地を再生しようとする動きも進んでいます。

でも、小さい子どもがいるとイオンって楽しいんですよね...。

ーーわかります! 駐車場は広いし、必要なものがすべて買えるし、授乳やおむつ替えの設備もあるし、フードコートで周りを気にせず好きなものを食べられるし。

そうなんです、研究者としてはあまり大きな声では言えないんですけど(笑)。子育てをしていると、研究とはまた違った視点から都市計画をみることになるので、新しい発見があります。

都市圏のコンパクトシティ構想では車を使わない生活が推奨されていますが、小さな子どもがいると車はやはり便利です。だったら、子育ての真っ最中には車を使ってもらって子どもが大きくなったら手放すなど、柔軟な提案をしたほうがいいんじゃないかと思ったりもします。

その都市に多様な人たちが住んでいるということと同時に、ひとりの人にもライフステージの変化があり、そのときに暮らしやすい都市の形があるからです。

「ポートランドのダウンタウンにある『パイオニア・コートハウス・スクウェア』は、都市のリビングルームと言われています。もともと駐車場だったところを市民がファンドレイジングをして広場にしたという象徴的な場所で、まさに多くの市民にとっての居場所になります」(松行さん)
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人がいない都市は死ぬ

ーー冒頭の話にあったように、進学や就職を機に地方から転出するなど、「このまちは今の自分に合わない」と思ったら移動するという選択にもなりますね。

はい。さらにいうと、これから都市が戦っていくライバルは、別の都市ではなく、サイバースペース(ネット上の仮想空間)なのではないかとも考えています。

大学生たちに聞くと、コロナ禍という事情もありましたが「あまり街で遊ばない」というんですね。スマホひとつでコミュニケーションも買い物もできるので、まちに出る必要がないからだというのです。人が出てこなければ、都市は死んでしまいます。

都市を活性化させるためにはサイバー空間にはないものをつくっていく必要があって、それはまちの中にそれぞれの人の居場所をつくることではないでしょうか。

「サードプレイス」(家庭でも職場でもない第三の居場所)という言葉が、都市計画においても最近、当たり前に使われるようになってきました。ひとが安心して過ごせる場所がまちの中に必要だという議論がされています。

都市全体が誰にとっても常に心地よい状態は実現できませんが、広いまちの中で、ここでなら安心できるというスポットを、誰もが見つけられるといいですよね。パブリックスペースでもいいですし、カフェや、企業のサテライトオフィスなどでもいいです。自治体やコミュニティのリーダーが動くのを待たなくても、企業や個人ではじめられることもあるでしょう。

まちづくりは、さまざまなバックグラウンドをもった人たちがステークホルダーなんです。そこに住むそれぞれの人が「このまちに自分の居場所がある」と感じられることが、まちづくりのダイバーシティにつながるのではないかと思っています。

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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