NYタイムズ「2023年に行くべき」盛岡で、異彩を放つホテルに泊まってみた

小林明子

海外からもにわかに注目を集めている岩手県盛岡市。2022年に再整備された盛岡バスセンターには、地域に伝わる工芸や文化を集結したホテルが誕生しました。部屋やラウンジは、強烈な感性がきらめくアートで彩られています。

米紙ニューヨーク・タイムズが2023年1月に発表した「52 Places to Go in 2023(2023年に行くべき52カ所)」で2番目に紹介され、「歩いて回れる宝石」と表現された岩手県盛岡市。

盛岡の観光スポットのひとつ、岩手銀行赤レンガ館
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

1911(明治44)年に建てられた岩手銀行旧本店本館(岩手銀行赤レンガ館)などレトロな建築物が残る街並みに2022年10月、1軒のホテルがオープンしました。

「HOTEL MAZARIUM(ホテル マザリウム)」

「まざる、うむ、はじまりのホテル。」がコンセプトのこのホテルは、老朽化のため再整備された盛岡バスセンターの3階に入っています。岩手の伝統工芸や文化を発信する役割があり、ジャズが流れるラウンジは地域の人たちのコミュニティスペースにもなっています。

ここに、岩手県出身の知的障害のある作家8人によるアートで彩られたアートルームが8室あります。

マザリウム16
ホテル マザリウム」がある盛岡バスセンターには、盛岡のソウルフード「福田パン」や魚店、フードホール、子育て支援センターなども入っている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

筆者は2023年1月末、所用で盛岡を訪れた際、アートルーム SANAE SASAKIに宿泊しました。

大好きなフィンランドのブランド「マリメッコ」に近い雰囲気だったことから選んだのですが、作者の佐々木早苗さんのサークル柄をよく見ると、細いペンで力強く何度も何度も描かれた線によって緻密に構成されています。

カーテンとベッドカバーにこのサークル柄が大きくあしらわれ、かすれや色移りなども忠実に再現されています。

マザリウム
アートルーム SANAE SASAKI
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
マザリウム13
細い線による同心円がいくつも繰り返し描かれて柄が構成されている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「障害」のイメージを変える

マザリウムの空間をプロデュースしたのは、盛岡市に本社がある株式会社ヘラルボニー。双子であるCEOの松田崇弥さん、COOの松田文登さんが2018年に設立した「福祉実験ユニット」です。

2人には自閉症の兄・翔太さんがおり、障害のある人の個性や感性を世の中に届けることで「障害」のイメージを変えたいという思いがあります。知的障害がある人たちのアートを商品化したり、デジタルデータとして管理して二次利用の際にライセンス料を発生させたりして新たな収益構造をつくり、作家の継続的な収入につなげています。

マザリウム11
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

おでこを撫でてくれた

マザリウムでは、フロントの大型タペストリーや大浴場ののれん、部屋のアートボードやカーテンなどの製作費用をクラウドファンディングで募り、250万円超の支援が集まったことで、ホテル全体をアートで彩るプロジェクトが実現しました。アートルームの宿泊費から1泊につき500円が作家に還元される仕組みです。

マザリウム4
マザリウムのフロント。クラウドファンディングで支援した人の名前がプレートに印字されている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

マザリウム支配人の藤井直輝さんは、こう振り返ります。

「オープン前にアーティストさんを招いて、ご自身のアートに包まれた部屋に宿泊していただいたんです。『ありがとね』と言ってくれたりおでこを撫で撫でしてくれたりして、喜んでいただけたことがわかったときには感慨深いものがありました」

マザリウム8
マザリウム支配人の藤井直輝さん(左)。同じフロアで「穐吉敏子ジャズミュージアム」を運営する照井顯さん(右)は、経営するジャズ喫茶「開運橋のジョニー」で2021年にNYタイムズ記者の訪問を受けたという
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

集中し、やめ、また集中する

筆者が宿泊した部屋のアートを手がけた佐々木早苗さんは1963年、岩手県花巻市生まれ。小学生のときに障害者支援施設に入所し、30代で創作をはじめ、花巻市にある「るんびにい美術館」に在籍しています。

佐々木早苗(SANAE SASAKI) / るんびにい美術館在籍
絵画のみならず織物、切り紙、刺繍など、いずれも緻密で色彩と構成の妙に富む様々な表現を生み出し続けている。彼女は一つの仕事に数か月から数年集中して取り組んだあと、不意にやめて別の仕事に移るのが常。現在の彼女が打ち込んでいるのは、丸く切り抜いた紙をいくつもの色で同心円状に彩色し、塗り終わった紙を壁に並べて貼っていくこと。
ヘラルボニー提供

松田さん兄弟の共著『異彩を、放て。』に収録されている、るんびにい美術館アートディレクターの板垣崇志さんの話によると、早苗さんは一つの表現が定まるとしばらく集中して同じ創作活動を続け、飽きるとやめてまた別の創作に没頭していくスタイルだそうです。

マザリウム12
マザリウム1
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

自分のアートが商品になることについて、どう感じているのかーー。当初は早苗さんの反応からは読み取れなかったため、新たな商品をつくるたびに文登さんがアトリエを訪れ、早苗さんに画像を見せながら丁寧に説明を繰り返してきた、と板垣さんは振り返っています。

「僕らのビジネスは、彼らなしでは成り立たない。ある意味、障害のある人に”依存”しているのだ」

松田文登 / 松田崇弥 著『異彩を、放て。「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』より

ヘラルボニーは現在、約150人の作家とライセンス契約を結んでおり、商品の売上やライセンス料によって年収数百万円を超える作家も生まれています。

アートと地域の魅力を世界に

マザリウムでは、お気に入りの作家の部屋を「指名予約」して遠方から訪れる宿泊者が少なくありません。

早苗さんと同じるんびにい美術館に在籍する小林覚さんは、文字を独特の線の形にアレンジした表現で人気を集めています。アートルーム SATORU KOBAYASHIはトイレや洗面のスペースを広めにとってあり、車椅子でも移動しやすい仕様となっています。

アートルーム SATORU KOBAYASHI
ヘラルボニー提供

支配人の藤井さんは、ニューヨーク・タイムズの「2023年に行くべき場所」に盛岡が選ばれたことは「想像もしていなかった」と驚きつつ、海外からの観光客がこれまで以上に増えることに期待します。

「インパクトのあるアートを世界に発信するとともに、地域の魅力も伝えていけたらうれしいです」

マザリウム9
マザリウム3
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ラウンジやカフェ・バー、セルフロウリュができるフィンランド式サウナがある大浴場(有料)は、宿泊者以外も楽しむことができます。

マザリウム2
ラウンジではジャズが流れている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
SHARE