「演じきった自分をほめてあげて」帰省シーズンに増える "大人の相談"

小林明子

帰省することを楽しみにしている人もいれば、人知れず悩んでいる人もいます。「実家がしんどい」と感じたとき、誰かに話したことはあるでしょうか。子育ての悩みを抱えた母親たちが、自分の親との関係についても相談している子育て支援センターがあります。

「実家に帰りたくないんです」

高知市の地域子育て支援センター「いるかひろば」の理事長である土居寿美子さんのもとには、年末年始によくこんな相談が寄せられます。

子どもを遊ばせるためにひろばを訪れた母親たちが、自分の親との関係について話し始めるのです。

「自分が子育てをするようになって、これまで普通だと思っていた実の親との関係に違和感を感じるようになる人もいます」

土居さん自身、実の親との関係に悩みながら子ども時代を過ごしました。高知市にある「いるかひろば」とオンラインでつないで、土居さんにお話を聞きました。

土居寿美子さん1
高知市地域子育て支援センター「いるかひろば」で子どもと関わる土居寿美子さん
いるかひろば提供

ポロッとつぶやく

ーー子育て支援センターは、子育てに悩んだときに相談できる場所だと思っていました。実家との関わりの相談まで受けているとは意外です。

高知市地域子育て支援センター「いるかひろば」は、就学前の乳幼児を対象にした施設です。土曜日も開いているので、平日は保育園に通っているお子さんも利用することができます。

基本的には親子で来所してもらい、子どもを遊ばせている間にお母さんたちからお話を聞くことがあります。相談件数は月に約130件にのぼります。

Zoomや電話、メール、LINEでも相談を受けますが、来所している人には「相談をどうぞ」というよりは、会話をする中でつぶやきを拾っていくことが多いですね。

「ご苦労さまです」と声をかけて、(この方は今日はおしゃべりしたくなさそうだな...)と感じたらそこで止めて、次に来所されたときに様子をみてまた声をかけます。「大丈夫ですか?」「何かありましたか?」と傾聴していくうちに、仕事や夫婦の悩みなどをポロッとつぶやく方もいます。

その中で「実家に帰りたくないんです」「実家に帰ったときに嫌なことを思い出したんです」と話し始める方がいます。毎年お正月明けに多くなる傾向があります。

ーー相談の内容は人それぞれだと思いますが、どういう困りごとがあるのでしょう。

県外に住んでいるある女性は毎年、帰省の前と後にここに相談にきます。彼女自身はとても「いい子ちゃん」として育ってきたんですね。いい子でいると親が喜ぶので、本音を出すことができなかったんです。

ところが自分の子育ては思ったようにうまくいかず、実家の母親は孫を見るたび「あなたの育て方が悪い」と非難してくるといいます。母親から非難されることも嫌だし、母親に「私はあなたの育て方が嫌だった」と本音を言うこともできず、帰省がストレスになっているようです。

ここでは泣いていい

ーーどんなアドバイスをするのでしょうか。

こうしたらいい、とアドバイスすることはほとんどなくて、とにかく気持ちに寄り添っていますね。

彼女の場合は、実家に帰るとフラッシュバックのようになるんです。

幼い頃の記憶はまるでなかったかのように日常生活を過ごしているけれど、実家に帰ると当時に引き戻されて、つらかった出来事を次々と思い出してしまう。

自分は子どものときに親の前で泣けなかったのに、目の前のわが子は泣いている。私はずっと我慢してきたのに...と記憶がよみがえってきてイライラし、子どもに当たってしまう。そんな話をしてくれるので、まずは尊重します。

「お母さんができなかったことをお子さんはしているんですね」と受け止め、「ここではいっぱい泣いていいんですよ」と伝えます。

高知市
Adobe Stock / mk33masa

聞き流してOK

ーー帰省しているときにストレスを回避する方法はあるのでしょうか。

自分は親とうまくいっていないと感じているのに、親のほうはそう思っておらず、そのギャップがストレスだという人もいます。

親はよかれと思って干渉してくるから、悪気がないこともわかっているし、反論するつもりも気力もない。ただ、言われたことをそのまま受け止めるとしんどいので、「いい子」を装うという人は多いです。帰省するときにベールをかぶるんですね。

親とうまくいっていないと感じること自体に罪悪感をもつ必要はありません。本当の気持ちをごまかしたり嘘をついたりしなくていいんです。親といるとしんどいという気持ちを認めたうえで、自分を守るためにベールをかぶるのは決して悪いことではありません。

言われたことをふんふんと聞き流したり、オウム返しのようにそのまま繰り返したり、まったく違う話題をふったり、「洗い物してくるね」とその場を離れたりしていいんです。実家に帰るときは、自分を守る術をできるだけたくさん持っていってください。

そして帰省が終わったら、うまく装えた自分、演じきった自分、がんばってベールをかぶりきった自分を、自分でほめてあげてください。

ーー地方出身だと帰省しない決断をするのも難しそうです。「しんどくても帰省はしなければならない」と義務感にとらわれている人もいるのでしょうか。

ほとんどの人が、親から言われたわけでなくても「帰省はしなければならない」「親不孝をしてはならない」と考えていて、建前と本音のギャップに苦しんでいます。パートナーの家族も関係するので、ひとりで決められない難しさもあります。

親子や夫婦は本音を言い合えるのが理想だと考えられがちですが、すべて相手にぶつけると互いにしんどくなるため、本音を隠して装うことでうまくバランスがとれている場合もあるでしょう。

実家と距離をおくにしても、それも相当なストレスになりえますから、誰かの支えが必要です。

ですから、家庭の外で本音を言える場所が1カ所でもあるとよいのではないでしょうか。自分に正直になれる場所として「いるかひろば」のように相談できる場所もぜひ利用していただきたいです。

土居寿美子(どい・すみこ) / 特定非営利活動法人いるかひろば理事長 / 高知県梼原町出身。保育士。2007 年に港孕保育園内にある地域子育て支援センター「いるかひろば」の常勤スタッフに。2019 年 11 月に特定非営利活動法人いるかひろばを設立。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO(オンライン取材より)

親のサポートも必要

ーー土居さん自身は、実の親との関係をどう受け止めていらっしゃいますか。

私にとっても、実家に帰ることはしんどい記憶と向き合うことでした。父親と母親が他界した今もなお、生まれた町に帰るときにはベールをかぶっています。

子どもの頃、父親から暴力や言葉の虐待を受け、いつもビクビクしていました。

中学2年生のとき、父親が自殺未遂をしたんです。脳に障害が残ったため暴力や暴言はなくなったのですが、私は相変わらずしんどいままでした。人の目を気にしてビクビクしてしまう自分のことが嫌で嫌でたまりませんでした。

高校卒業後、保育士の資格を取ったものの、保育の仕事ではなく地元の介護施設で働きながら結婚、出産しました。

生まれた長男は手がかかりましたが、健診では何も言われませんでした。健診でスルーされると、「育て方の問題」ということになるんですね。

「育てにくくて...」と周りに打ち明けても、「男の子やきね」「そのうち落ち着くよ」「心配しすぎやない」などと言われ、気持ちをわかってくれる人には出会えませんでした。悩みましたが、もう人の目を気にしてビクビクするのはやめよう、とスルーするように心がけて自分を守ってきました。

長男が5年生になったときに、保育園で保育士として働くことになりました。子どもひとりひとりと向き合ううちに、子どもの行動の裏には家庭があるということを強く実感しました。癇癪を起こしたり暴力をふるったりする子どもの話をよく聞くと、子どもだけでなく親もサポートを必要としていることがわかったからです。

自分を守る方法を見つける

2007年に子育て支援センターができるタイミングで異動してスタッフとして働くことになり、「私がやりたかったことはこれだったんだ」と感じました。子育て支援センターには親子で来所するので、子どもの様子だけでなく親子の関係を見ることができ、母親の話も聞けます。私が話を聞いて寄り添ってほしかったように、私がお母さんたちの話を聞いてあげたい。そう思いながら働いています。

暴力をふるっていた私の父親は、思い通りにならないときに手をあげたり罵ったりする表現しかできなかったのかもしれません。父親も健全な養育を受けてこなかったのかもしれません。DVを受けていた母親は周りに助けを求めることができませんでした。困っているときに困っていると言えなかったことが、私が育った家庭が抱えていた問題でした。

家族でいると、いろいろな出来事が起きます。それぞれの家庭の課題は違い、家族だけで乗り切れる場合もあればそうではない場合もあります。助けを求められない家族、助けを得られない家族もいます。どうするかを決定するのはあくまで本人ですが、どうしたらいいか悩んでいる人がいたら一緒に考え、寄り添い、伴走していくのは子育て支援センターにできることではないかと思っています。

家族との関係に悩んでいる人は、人の目を気にしたり、「家族はこうあるべき」という意見にとらわれたりする必要はありません。どうか自分の気持ちに嘘をつかず、自分を守る方法を見つけてください。

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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