「児童虐待にも報道ガイドラインを」 映像を繰り返すだけでは命を救えない

小林明子

幼い子どもが亡くなったニュースは社会に大きな悲しみをもたらします。特に児童虐待事件では加害者を非難する声が強まり、報道は過熱します。テレビやネットを通して子どもが目にすることもありますが、どんなフォローが必要なのでしょうか。虐待報道のあり方とその受け止め方について、児童精神科医の小澤いぶきさんに聞きました。

目を背けたくなることも

ーー子どもが事件や事故に巻き込まれたというニュースを見るたび、胸が痛みます。

幼い子どもの事件や事故では「こんな亡くなり方をしました」という具体的な報道が目立ちます。特にテレビでは、センセーショナルな映像とともに流され、視聴者の感情を揺さぶります。

2022年9月に、認定こども園の通園バスに置き去りにされた3歳の女の子が亡くなったときにも、女の子の状態が具体的に描写されたため、多くの人がその子の苦しみを想像し、いたたまれなくなったのではないでしょうか。

起こったことを繰り返さないために、こんなにひどいことが起きていたのだと正確に伝え、社会を動かさなければならないという報道の意図もわかります。

一方で、一部だけをセンセーショナルに切り取られて繰り返し流される映像などの情報に触れることは、大きなストレスとなることがあります。そのようなストレスから身を守るため、あまりにも痛ましい情報から人は目を背けたくなることもあります。

自分の生活からは切り離されたことだ、自分には起こってほしくないことだと捉えて、自分がそこに関わっている・関わることができるという視点をそっと閉じてしまう可能性もあります。大きなストレスから自分を守り自分を大切にする反応としては、とても自然なことです。

また、起こったことの背景にある社会的状況や構造、すでにある相談窓口や予防事例などへのアクセスを共有しないままでは、問題を個人や一組織の責任に押し込めて、根本的な解決や改善につながらないことがあります。

一部だけを切り取ったセンセーショナルな報道を繰り返すだけでは再発防止にはつながらない可能性もあるのではないかと、特に児童虐待の報道では感じています。

小澤いぶきさん
小澤いぶき(おざわ・いぶき) / 児童精神科医 / 精神科専門医 / 認定NPO法人PIECES 代表理事 / 東京大学医学系研究科 客員研究員
精神科医を経て、児童精神科医として複数の病院で勤務。トラウマ臨床、虐待臨床、発達障害臨床を専門として臨床に携わり、多数の自治体のアドバイザーを務める。人の想像力により、一人一人の尊厳が尊重される寛容な世界を目指し、認定NPO法人PIECESを運営している
提供写真

ーー2019年に千葉県野田市で小学4年生が亡くなった事件、東京都目黒区で5歳の子が亡くなった事件では、虐待の状況が詳しく報道されたほか、児童相談所の対応も報じられて批判が集まりました。

目黒区の事件では、女の子が書いたメモが公開されました。このメモに心を揺さぶられた人たちにより、児童虐待を防ぐための署名活動や仕組みづくりが大きく動き出したという側面はあります。その一方、保護者への強烈なバッシングが起き、管轄の児童相談所には苦情や問い合わせの電話が殺到しました。

何かの事件があったときに、それが起こった構造や体制の課題に触れずに、保護者だけをことさら責めたり児童相談所を過度に批判したりする報道は、問題の全体像を認識させづらくし、保護者が助けを求めづらい状況を生み出すことがあります。抗議の電話によって、児童相談所の業務をさらに逼迫させる恐れもあります。

虐待の背景にある構造

児童虐待は、さまざまな社会状況が複雑に絡み合い、子どものSOSに応えることが困難となる中で生まれているのではないでしょうか。

都市化などによって、子どもの育ちを地域で支える資本が薄れ、家族だけで支えなければならなくなりました。男性が外で働き女性が家で子育てや家事をするといった過去の家族形態に合わせた制度が続いているため、子育ての責任を家族だけで担い、家族が困難なときにはその中の個人が責任を負うといった構造が強化されてきました。

家族のかたちの変化に対して、文化や制度が追いついていないのです。

例えば、ひとり親世帯やワンオペなど育児負担の問題。

貧困の背景にある、給与格差や雇用形態、ジェンダーギャップの問題。

学校教員の多忙さや保育士の給与水準の低さなど、子どもに関わる人たちが働く環境の問題。

児童相談所の人員不足の問題。

そして土台ともいえる、子どもの権利が大切にされていないという問題。

私たち大人も、子どものころに権利を大切にされるという眼差しがない中で育ってきたことを内在化しているという問題でもあります。

逆にいえば、こうした構造的な課題に取り組むことでセーフティーネットができ、子どもの命を守ることができるはずです。

そして、子どもの命が犠牲になってからしか社会が動かないということ自体を問い直していく必要もあります。児童虐待を予防する社会のしくみが重要です。そのために、報道のあり方も考え直してみていただけるといいなと感じています。

テレビ報道イメージ
Adobe Stock / 古橋尚子

虐待報道にもガイドラインを

ーー虐待事件の場合、児童相談所に通報されていたことがわかった、過去に一時保護されていたなど、次々と情報が明らかになるため報道合戦になりやすいです。報じる側としてはどのような注意が必要でしょうか。

自殺報道や薬物報道にはガイドラインがあります。子どもが亡くなる事件や虐待の報道については、今のところガイドラインはありません。このため悲痛な状況や写真を繰り返し報じ、保護者や児童相談所をバッシングする方向になりがちです。過度にセンセーショナルな報道にならないよう、ガイドラインが必要ではないでしょうか。

――自殺報道については、著名人の自殺を詳細に伝えることで自殺を誘発する恐れがあることから、世界保健機関(WHO)によっていわゆる自殺報道ガイドラインが発表されました。薬物報道については、誤解と偏見に基づくバッシングが当事者の回復を妨げることを懸念して、依存症の治療・回復の関係団体と専門家によってつくられました。

はい。虐待についても、背景にどんな構造的な課題があるのか、いま子育てに悩みを抱えている人はどこに相談すればいいのか、長期的にどんな取り組みが必要なのか。そうした予防的な報道もしていけるよう、関係者とともに虐待報道のガイドラインをつくる準備をしているところです。

ーー長期的に児童虐待をなくしていくためには、どんな情報発信が求められるのでしょうか。

子どもの権利について広く周知していくことが必要ではないでしょうか。

2022年6月に「こども基本法」が成立し、2023年4月から施行されます。すべての子どもが個人として尊重されるという基本的人権が主な内容です。

1994年に批准した「子どもの権利条約」は、「差別の禁止」「生命、生存及び発達に対する権利」「児童の意見の尊重」「児童の最善の利益」の4原則をもとに、子どもの権利(※)を保障しています。

「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」

しかし、条約の認知が広がらず、それに基づく実践も子どもの現場で普及していかない中、ここ数年、体罰禁止や子どもの意見表明に関して制度化を求める動きが生まれ、こども基本法に向けての社会的な動きになってきました。条約の4原則は、こども基本法にも明記されています。

牛乳パックに「体罰禁止」

スウェーデンでは1979年に親子法の改正で体罰が禁止されました。その後、大々的にキャンペーンを展開し、さまざまな方法が取られ、学校で学べる教材や保護者が手に取れる教材の開発も行われました。ユニークなものとしては牛乳パックのパッケージに法律の情報をのせるなど、大人も子どもも手にとるものを通して日常的に目にするようにして会話のきっかけをつくったのです。

2年後には、大人も子どもも9割が体罰禁止について認識していました。1960年代には体罰に肯定的だった人が6割を超えていましたが、2010年代には1割弱となり、実際に体罰を使う人も9割から1割に減りました。

これは、政府と民間企業が世論形成をしたことで子どもを守れるようになったという例です。いま、ビジネスと人権については世界的に注目が集まっています。こども基本法や子どもの権利の周知については企業ができることもあるはずですし、メディアの役割にも期待しています。

子どもの遊びイメージ
Adobe Stock / Hassyoudo

報道を子どもが怖がったら

ーー子ども自身が子どもの権利について知るきっかけを、メディアや企業がつくれるといいですよね。一方で、冒頭の話にあったようなセンセーショナルな報道を子どもが目にすることもあります。そばにいる大人として気をつけるべきことはあるのでしょうか。

乳幼児の場合は、脳の情報処理が発達途上にあるため、過度にセンセーショナルな情報からは適度に距離を置くように保護者が気をつけたほうがよい場合があります。

小学生くらいになると自ら情報にアクセスできるようになるので、ニュースには何らかの形で触れていることを前提に考えていく必要があります。また、大人が隠したりタブー視することで、「話してはいけないことなのかもしれない」と感じてしまう可能性もあります。

子どもがセンセーショナルなニュースに触れたときには「ニュースを見ていろんな感情を感じるのはとても自然なことだよ。もし不安になったり、怖い気持ちになったり、誰かと話したくなったらいつでも話してね」と伝えて、子どもの気持ちを受け止めてください。

「心がざわざわするのは自然なことだから、一人で頑張って何とかしようと思わなくてもいいんだよ。もし何か気になることがあったときには、一緒に考えたいなと思っているよ」

このように感情や体験を否定せずに受け取り、危機のときにさまざまなことを感じるのは自然な反応なのだと伝えてください。

そして、ニュースから離れてもいいことを伝え、保護者も一緒に情報から離れたり深呼吸したりするなど、落ち着く方法を子どもと一緒に考えてみてください。

大きなストレスがかかったときには、誰でもいつもとは違う状況になることがあります。不安で学校に行きたくないと感じるなども一つの例です。

そのようなときは、その不安を受け止め、どんなことがあると安全だと感じるかを一緒に考えたり、すでにある安全な取り組みや選択肢を共有したりしてみてください。「あそこの通学路には旗を持った大人が立っているね」など、実は安全を考えていろんな活動をしている人たちがいることもぜひ一緒に探してみてください。

子どもは、自分の気持ちや意見を安全に出せたと感じたり、気持ちや意見を受け入れて応えられたりする経験を通して、自分は尊重されているのだと感じます。何かあったら話しても大丈夫だと感じることもあります。

子ども自身も、身を守るために考えたり工夫したりしています。子どもの意見を聴き、子ども自身がすでに持っている力や知恵、やっている工夫にも注目しましょう。そして、それがあなたの力なのだということをぜひ子どもと共有してください。

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著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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