子育て中こそ「乾杯」が必要だ。経営者があえて社員を飲みに誘う理由

小林明子

もうすぐ忘年会シーズン。同僚や友達と飲みに行くのは久しぶりだという人もいるかもしれません。子育てをしている人の場合は、参加するほうも誘うほうも、互いに気を使いがちです。今回は、認定NPO法人フローレンス会長で2人の子どもの父親でもある駒崎弘樹さんと、飲み会のコミュニケーションについて考えます。

駒崎弘樹さん
駒崎弘樹(こまざき・ひろき) / 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、「地域の力によって病児保育問題を解決し、子育てと仕事を両立できる社会をつくりたい」と考え、2004年にNPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポートする
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

新型コロナウイルスの感染拡大によって在宅勤務が浸透したことで、ITやスタートアップ界隈では、これから先もリモートワークで事足りるという雰囲気もあります。一方で、リアルで会うことのかけがえのなさを、改めて思い出したのではないでしょうか。

特に、リモートでは限界があると感じたのは、飲み会です。

ガヤガヤした居酒屋の匂いをかぎながら、大切な人と一緒にお酒を飲んだりおいしいものを食べたりして、たわいもないことをおしゃべりする。そんな時間に尊さを感じたり、心の栄養にしたり、新しい発見をしたりもするわけです。

そういう輪の中に参加したい人は、誰もが歓迎されてよいのではないでしょうか。

賽の河原のような労働

「今月も営業を頑張ったから一杯飲もう!」というのはよくあることですが、同じように「今日も子育てを頑張ったから一杯飲もう!」となりにくいのは、なぜなのでしょう。

子育ては賃金労働ではないために、労われる価値がないと考えている人もいるのかもしれません。しかし子育ては立派な労働です。

仕事は目に見えて成果がわかりやすいですが、家事や育児にはわかりやすい成果というものはありません。片付けても片付けても散らかるのでまた片付ける、まるで賽の河原のような作業です。家事や育児のほうが、仕事よりよっぽどつらいと思う人もいるでしょう。

居酒屋イメージ
Adobe Stock / 7maru

意識の変化が追いついていない

フローレンスで子育て支援の事業を18年にわたって続けてきて、はっきりと感じるのは、母親への強いプレッシャーです。「呪い」といっても過言ではありません。

母親になったからには、全身全霊をかけて子育てしなければならない。どんなに大変でも、歯を食いしばって頑張らねばならない。母親たちは、社会からの見えないプレッシャーに晒されていながら、労わられる機会は少ないと言わざるをえません。「母親なんだから、家事育児をやるのが当たり前」という社会規範が根強く残っているからです。

男性が外で稼ぎ、女性が家庭を支えていた時代には、女性の行動をこのような「べき論」で縛っていたほうが世の中がうまく回っていたのかもしれません。女性の犠牲が社会システムの中に織り込まれていました。

しかし、時代は変わりました。共働き世帯が増え、男性の育児参加は進み、育児休業を取得する父親も増えています。18年前は父親が子どもを保育園に送っていくのさえ一般的ではありませんでしたが、今は保育園で父親の姿を見かけることは珍しくありません。

それなのに、まだまだ女性のほうが負担が大きいのです。その格差の温存に一役買ってしまっているのが、さきほど言った「呪い」です。現実は進んでいるのに「呪い」の残滓がいまも意識の下部構造にあって、意識の変化が追いついていない面もあるのではないでしょうか。

「いいお母さん」とは言われない

子育て中の女性タレントが夜に飲みに出かけたことをインスタグラムに投稿し、激しいバッシングを受けたことがありました。「子ども連れじゃないの?」「育児放棄では」などとコメントされていましたが、子どもの世話をする人は母親だけではありません。

子育て中の女性が飲み会に参加していると「お子さんどうしてるの?」と聞かれることがよくありますよね。「夫が面倒をみているので」と答えると、「いいお父さんだね」と返されるのも、あるあるです。

おいおい待てよ、逆の場合はその会話しないじゃん、と思いませんか。男性は好きに飲み歩いても「お子さんどうしてるの?」とは聞かれません。その妻が子どもの面倒をみていても「いいお母さんだね」と褒められることもありません。

子育てしていたら、飲みに行きたくもなりますよ。僕はなんなら毎日飲みたいくらいです。子どもを寝かしつけたら、まずは今日も1日を無事に終えられたことに乾杯したいですよ。

家でゆっくりするのもいいし、居酒屋に出かけて非日常を味わうのもいい。お酒を飲まない人でも、場の雰囲気を楽しみたくて参加している人もいます。とにかく、ママだって飲みに行く自由はあるのに、それが当たり前に受け入れられていないどころか、「飲み歩いているお母さんってどうなの」と言われてしまうんです。

さらに、罪悪感を植え付けられるとそれを内面化して自ら行動を抑制するようになっていきます。真面目な女性ほど、プライベートの時間を後回しにすることになり、飲み会に行きたいという声すら上げづらくなってしまいます。

僕はこの状況を、どうにかしたいんですよね。

夫は飲み会、妻は育児

フローレンスのスタッフは8割が女性です。子育て中のスタッフも多いので、基本的には親睦を深めたいときはランチを設定することになるわけですが、本来ならランチでも飲み会でも選べるのが一番いいんです。

たまに飲み会を設定しようとすると、「夫の帰りが遅いから行けない」という声があります。夫と調整できないのかとよくよく聞いてみると、夫は仕事で遅くなる場合もあれば、飲み会で遅くなるという場合もあるんですね。飲み会なのであれば、夫婦ともに同じ条件なんじゃないの?なぜあなたのほうが譲らなくてはいけないの?と。

そういう状況で、こちらが無条件にランチを設定してしまうと、夫が飲みに行くから妻は飲みに行けないという構造を打破できないわけですよね。そこは経営者としては、もう一歩、踏み込んだコミュニケーションをしたいです。

選ぶのはその人

子育て中だから飲み会には行きづらいんじゃないかな、と周りが先回りして気を使うことは、本人の罪悪感を追認してしまうだけでなく、構造を温存することになり、いつまでたっても母親が飲み会に行きづらい状況が続きます。

最初から除外するようなコミュニケーションはしないでほしい。選ぶのはその人ですから、まずは輪の中に誘っていきましょう。

子育てしている、特にママの方たちへ。飲みに行くことはぜんぜん悪いことではありません。

家事・育児は、仕事よりも大変なときもあります。自分自身をねぎらってください。自分自身に「乾杯」と言ってあげられるくらい、あなたはいつも努力しているんです。

日本のママたちが何の罪悪感もなく外で飲める、そんな社会を目指していきたいなと思います。

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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