「私は底辺校で講師をしています。かつての自分のような高校生が見捨てられています」
「私はいわゆる底辺高校で講師をしています。底辺校の実態を知ってほしいです」。OTEMOTO編集部にこんなメールが届きました。「ここでは生徒が見捨てられています。でも、ちゃんと指導すると伸びる子もいるんです」。そう訴える非常勤講師のヤヨイさん(仮名)に、詳しく話を聞きました。
「出席しない子、起きていられない子、すぐキレる子、日本語が不自由な子など、社会にスムーズに溶け込むのが難しそうな生徒が目立ちます。でも、彼らの中には『もっと学びたい。教えてほしい』と思っている子たちがいるんです」
OTEMOTOにメールをくれたのは、関西の公立高校で非常勤講師をつとめる40代のヤヨイさんです。現在、2つの高校で週1〜2回、2、3年生を対象にデザインの授業を担当しています。
数年前、それぞれの高校に初めて着任したときの印象は「なんでここまで生徒が放っておかれていたのか」だったといいます。課題を教員がすべて仕上げていたり、ひたすらアニメのキャラクターの模写をしていたり。
学校や前任者からの引き継ぎは「支援が必要な子たちです」というだけ。どんな支援が必要なのか具体的には伝えてもらえませんでした。
「東京っていくつある?」
複数の生徒が授業中に寝ていたり反抗的な態度をとったりするのは日常的な風景で、授業に参加する生徒にもつまづきが見られました。地方の特産品のロゴをデザインするためにリサーチをしていたとき、「◯◯県ってどこにあるの?」「東京っていくつあるの?」という声が聞こえてきました。
「この子たちに私は何を教えにきているのだろうか。Adobeのソフトの使い方を教える時間があったら、別のことを教えたほうがいいんじゃないだろうか」
非常勤講師として数年が経った今、問題は生徒ではなく学校や教員のほうにあるとヤヨイさんは強く感じています。
「実は私も、いわゆる底辺高校の出身なんです。家庭環境が複雑で、大人に対して特に期待することもなかったのですが、2人の先生だけが真剣に向き合ってくれました」
自分には何もできないし価値もない、と感じて荒れていた高校時代、真剣に何かに取り組むことの大切さを教えてくれたのがその2人の先生だった、とヤヨイさんは振り返ります。
「私の頑張りや成果をきちんとほめてくれた先生と、私をきちんと怒ってくれた先生です。自分は大事にされていい存在なんだと知りました。世界はきっと素敵なんだろうと信じられるようにもなりました」
「私は高卒で教員免許がありません。教員になりたかったわけでもなく、アルバイトのような感覚で突然、公立高校で教えることになりました。ただ自分がされてうれしかったことだけを実践して、かつての私のような高校生たちと向き合ってきました。すると、生徒が変わっていく様子を目の当たりにしたんです」
起きているだけでほめる
ヤヨイさんが勤務しているいわゆる「底辺校」は、その侮蔑的な呼び方を避けるため「教育困難校」とも呼ばれています。教育ジャーナリストの朝比奈なをさんの著書『ルポ教育困難校』によると、そこに通う生徒たちには5つのタイプがいるといいます。
①荒れた行動をとるタイプ
②コミュニケーション能力や学習能力に困難さがあるタイプ
③不登校を経験したタイプ
④外国にルーツを持つタイプ
⑤不本意に入学したタイプ
※ひとりの生徒にいくつかのタイプが複合している場合が少なくない
出典:『ルポ教育困難校』(朝比奈なを)より抜粋編集
ヤヨイさんが受け持つ授業では、荒れた行動をとったりずっと寝ていたりする生徒も多い中で、ブラジル国籍のある男子生徒は授業が始まるとイヤホンをつけ、黙々とパソコンを触っていました。
男子生徒が日本語を理解できていないと気づいたのはしばらく経ってからでした。
ヤヨイさんはGoogle翻訳を駆使して、男子生徒に指示を伝えるようにしました。課題を理解すると、男子生徒は積極的に質問するようになり、休み時間にも作品を見せにきてくれました。もともとよかったセンスを発揮して、2つのコンテストで入選。しかし、日本語で出題されるテストでは高い点数を取れません。結局、進学先も就職先も決まらないまま卒業していきました。
また、授業中ずっと寝ていたある女子生徒は、家業の手伝いをしていて午前2時や3時に就寝していることがわかりました。寝ることを認めたうえで、「起きているだけでほめる」ことを繰り返していたら、次第に授業に集中するようになり、作品を完成させてコンテストで入選しました。卒業するときに「先生のおかげで賞をとることができました」という手紙をくれました。
「うれしい半面、彼女は今まで自分で頑張る機会がなかったのかもしれない、と切なくなりました」
この高校では、デザインの選択科目は職業訓練の一環です。しかし実際は、言語や経済的な問題から多くの卒業生が地元の工場で働くため、進路選択の幅はあまりありません。デザインを学びたいわけではなく「他の科目よりラクそうだから」という理由でデザインを選択している生徒が少なくない、とヤヨイさんは説明します。
「保護者は『高校だけは卒業させておきたい』と思っており、教員は『問題を起こさず卒業資格さえ与えればいい』とそのニーズに応えています。卒業したら朝から晩まで工場で働くんだからこれだけの教育で十分だという理屈です。そうして放置された生徒は、自己肯定感も自信も感じられないまま卒業していくんです」
「どうせキャバクラで」
コロナ禍で授業がリモートになったとき、ヤヨイさんは生徒が自宅で作業できるよう、名前を書いたレジ袋に画材をまとめて入れて渡しました。ある女子生徒は、「先生が名前を書いてくれた」とそのレジ袋を捨てずに大事そうに畳みました。
その女子生徒はヤヨイさんに、別の教員から「お前はどうせキャバクラで働くやろ」と言われた、と打ち明けたうえで、卒業後の夢を語ってくれました。
「家庭環境が複雑な子が多く、反抗的な態度だったかと思えば、幼い子どものようにずっと教員にくっついてきたりもします。教員にできることは限られていて、ひとりひとりにかまっていたらキリがないという空気を感じます。週1、2回の非常勤講師の立場ではなおさらです。それでも、生徒ひとりひとりが将来を前向きに考えられるようなきっかけをつくる指導は、できなくはないはずです」
非常勤講師には、生徒の個人情報はおろか、学校の指導方針や行事、備品についても事前に情報共有がないことがある、とヤヨイさんは言います。年度が始まってからデザインの科目を選択した生徒と授業を通してのみ関係を築き、それぞれの生徒が抱える困難に応じてサポートをしていきます。
ヤヨイさんが実践しているのは、細かく指示をする、できたらほめる、困っていたらフォローするという、ごく当たり前に思える指導です。
「私が感じているたくさんの違和感や憤りは、教育現場ではよくあることなのかもしれませんし、教員としては仕方がないことなのかもしれません。それでも、教育行政について議論をする人たちの多くは、研究指定校になるような偏差値の高い高校の生徒を伸ばすことばかりを考えてはいないでしょうか。大人が誠意をもって子どもに接するというごく当たり前ことをするだけで、前向きになれる生徒もいるのだと伝えたいです」
ヤヨイさんは「信じて向き合ったら伸びる生徒がいることを知ってほしい」と何度も繰り返していました。