土屋鞄が「だるまバッグ」に詰めた"異常"なこだわり。クレイジーな発想を形にする

小林明子

老舗の革製品ブランドが、意外なものを運ぶ「斜め上」のバッグをつくり続けているーー。土屋鞄製造所は専用鞄シリーズ「運ぶを楽しむ」の第5弾として2023年1月18日、「だるまバッグ」を発表しました。スイカ、雪だるま、ワイングラス、水切り石に続き、だるま? どうやってつくっているの? 専用バッグの誕生秘話を、だるまバッグの企画を担当し、ブランドPRとプランナーを兼任する山登有輝子さんに教えてもらいました。

だるまバッグ
「運ぶを楽しむ」シリーズ第5弾の最新作「だるまバッグ」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーーいま「だるま」が入った鞄がデスクに鎮座しています。控えめに言ってクレイジーな光景なんですが、この鞄について説明していただけますか。

この「だるまバッグ」は、イタリアの本牛革を採用しています。本体の上部が3本のベルトになっていまして、しめ縄をイメージした持ち手をベルトに通すことで、球状のだるまをしっかりと固定できるようになっています。表面にはだるまの「手」がついていて、破魔矢を挿したりお守りをかけたりするフックとして使うことができます。

革の色は、だるまの赤がより映えるネイビーを選択しています。試作品を見た方から、だるまは赤色が強すぎるけれど、このバッグに入れると部屋のインテリアになじみやすそうという感想もいただきました。

だるまを囲む会議

実はこのバッグをめぐっては、制作の過程でずいぶん議論を重ねたんです。

例えば、だるまの顔をどのくらい露出させるのがベストな形なのか。だるまの表情のインパクトを出したい一方で、鞄の役割としてはだるまを保護する必要もありますから、喧々諤々の議論になりました。広い会議室に大の大人が15人ほど集まってだるまを囲み、ああでもない、こうでもない、と大真面目に何度も話し合いました。

このクレイジーなアイテムは、そんな真摯な制作現場から届けられているんです。

「だるまバッグ」制作中の会議
土屋鞄製造所 / 編集:OTEMOTO


ーーなぜ「だるま」なのでしょうか。

だるまは縁起物として、願掛けやお祝いの品として親しまれてきました。新しい年を迎え、今年こそ不安定な世の中に平和が訪れるようにとの願いを込めています。

だるまは持ち主の幸せを願うものなので、大切に運びたいですよね。それなのに、だるまを買ったときに持ち運びに適当なものって見当たらない。企画をブレストしていたときに、あるメンバーが話したそんな経験が「だるまバッグ」を発案するヒントになりました。

職人が全力で挑戦

ーーいつも「今回はそうきたか」と驚きの連続ですが、「運ぶを楽しむ」のシリーズが始まるきっかけは何だったのでしょう。

そもそも土屋鞄製造所の職人たちが自発的に、革細工で桜やクロワッサンをつくるなど、遊び心のあふれる挑戦を全力でやっていたんです。おもしろいものをつくりたい、誰かに喜んでもらえるものをつくりたい、と日頃から考えている職人が多いためです。

パティスリーツチヤ
2012月4月1日、エイプリルフールに「パティスリーツチヤ」がオープンしたという投稿。鞄の材料でつくられているので食べられません
出典:土屋鞄製造所Facebook

2012年のエイプリルフールに革細工でつくったケーキを発表すると、思っていた以上にお客様に楽しんでいただけました。自分たちのものづくりの技術や遊び心によって、世の中の人たちに楽しんでもらい、暮らしの豊かさを届けられたら。そんな思いがコロナ禍でさらに強まりました。

2020年7月に、シリーズの第1弾となる「スイカ専用バッグ」を発表しました。Twitterでは1日で約1万リツイート、約2万8000いいねと大きな話題となりました。

「運ぶを楽しむ」シリーズ第1弾の「スイカバッグ」
土屋鞄製造所

同年12月に第2弾の「雪だるまバッグ」を発表すると、海外でも話題となり複数の海外メディアにも取り上げられました。

日本のものづくりの技術や理念を海外に伝えることができたと実感したとともに、スイカや雪だるまなど日本の四季を象徴する文化や感性もあわせて世界に広めることができるのではと考え、ブランドとして大切なシリーズになっていきました。

雪だるまバッグ
海外メディアで「Frozen Fashion」と取り上げられた「雪だるまバッグ」
土屋鞄製造所

ーーシリーズなので、次は何が出てくるのかと期待が膨らみます。

「スイカバッグ」がバズったのでその後のプレッシャーが大きくなり、いつも発表するときはドキドキしています(笑)

シリーズのデザインを選定するときには、「運ぶ」瞬間にワクワクを感じられるか、クスッと笑ってしまうようなトキメキがあるかを吟味しています。無難なもので終わらせず、真面目になりすぎない。今までになかった斜め上のところやクレイジーさを目指しています。

さらに、日本の文化や感性を伝えられるかどうかや、どんな人がどういったシーンで使うのかというストーリー性も大事にしています。例えば「雪だるまバッグ」は、小さい頃に雪だるまをつくったとき、持ち帰って大切な人に見せたかった経験はありませんか?そんなストーリーを想定しています。

斬新なアイデアを形に

ーーアイデアがクレイジーだと、実際に形にするのが難しそうです。

普段の鞄の製品開発とは異なり、制作や販売の観点よりも、まずはアイデアを重視します。

水濡れや大きさなど最低限の制約は加味されたデザイン案が上がってきますが、通常の鞄製品の制作工程とは異なるため、職人にとってはまったく新しいものづくりへの挑戦になります。それでも、アイデアや発想がよければそれをどうすれば形にできるかという方向で、デザイナーと職人が議論を重ねます。

デザイン案に対して、職人が「この部分はこういう仕様にしないと制作が難しい」と説明し、デザイナーは「でもこのおもしろさは活かしたいからギリギリを攻められないか」と踏み込み、お互いに試行錯誤を重ねます。

その過程で職人のほうから「こうしたほうがもっとおもしろくなるんじゃないか」「よりきれいに見えるのではないか」と提案することもあります。ものづくりが好きな人たちがみんなで世の中にない新しいものをつくりあげていくという感じです。

デザイナーが制作した「だるまバッグ」のラフ。完成品もほぼ同じ形が実現した
土屋鞄製造所


こうしたこだわりは、それぞれの鞄の細部に表れています。例えば、子どもの頃に夢中になった水切り遊びの石を運ぶ「水切り石専用バッグ」は、きっちりした半円形ではなく、半分より上の絶妙なラインで、石がちょっとだけ見えるようになっています。これも「だるまバッグ」と同様、バッグとして成り立たせるためのこだわりです。

「ワイングラス専用バッグ」は緩衝材を入れなくてもワイングラスが割れないよう、立体的なバッグをひねってグラスをホールドする斬新なデザインを採用しています。

土屋鞄では若手職人の育成に力を入れており、このシリーズは若手の職人たちが斬新な発想と優れた技術力をもって制作しています。

水切り石バッグ(左)とワイングラスバッグ
土屋鞄製造所
ワイングラスバッグ

「余白」を伝えるものづくり

ーー非売品もありますが、実用性はどうなんでしょう。

スイカバッグとワイングラスバッグは過去に販売してすでに完売しています。最新作のだるまバッグは数量限定で販売を予定しています。ただ、販売していない製品についても、通常の製品と比べて実用性やクオリティは遜色ありません。

逆に普段の鞄づくりでも、機能性や実用性だけでなく、季節感ややわらかさ、心の安らぎ、遊び心といった「ちょっとした余白」を大切にしています。

本当は必要ないかもしれないけどあったらうれしいワクワクやトキメキを、ブランドの美意識としてデザインに落とし込んでいるんです。

革製品は、重量感があったり、こまめなお手入れが必要だったりと、便利さを追求した素材とはいえないかもしれません。ですが、時間が経つにつれて革の色や艶が自分らしい風合いに変化していったり、長く大切に使うことで子どもや下の世代に引き継いだりすることもできます。革製品を使う時間の楽しみ方や豊かさをもっとお届けしたいという思いがあります。

だるまバッグ
「縁起物のだるまは大切に運びたいですよね」と話す 、土屋鞄製造所の山登有輝子さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

ーーシリーズは今後どうなっていくのでしょう。

既存の鞄の形にとらわれない自由なアイデアを形にしていくシリーズとして、ずっと続けていきたいです。今までは土屋鞄発のアイデアでしたが、日本の文化を世界に伝えたいと考えているブランドやクリエイターの方たちとのコラボもできればと思っています。世の中のクレイジーなアイデアを私たちの技術力で実現させることも、ものづくりを担う日本の会社としての役割だと考えるからです。

バズるおもしろバッグをつくっている会社だというイメージが先行しているかもしれないのですが、バズを優先していたわけではなく、実は逆なんです。

1965年の創業以来、「時を超えて、愛される価値をつくる」をミッションに、愚直にものづくりを続けてきました。ものづくりの技術力や日本の文化を世界に伝えていくために、この「運ぶを楽しむ」のシリーズが生まれたんです。

「だるまバッグ」にはこれまで培ってきた技術や知識が詰め込まれています。そして真剣に異常なこだわりをもってお届けしています。ぜひ多くの方に楽しんでいただき、日本のものづくりの文化が世界に広がるお手伝いができるとうれしいです。


だるまバッグは2023年2月23日、だるまとセットで発売予定です。数量限定8個で、価格は8万8888円。

1月28日から2月5日には、東京・足立区の銭湯「堀田湯」でのコラボレーション展示イベント「だるま湯」を開催、2月7日から2月22日には土屋鞄製造所 六本木店で展示されます。

詳しくはこちら👀

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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