48秒でわかる「こども基本法」の3つのポイントとこれから

小林明子

子どもの権利を守る。そんな”当たり前”のことを定めた法律ができたのを知っていますか? 背景には、子どもの人権や意見をないがしろにしてきた、子どもに冷たい社会がありました。だからこそ、すべての子どもと、むかし子どもだった大人に読んでほしい内容です。

2022年6月15日、「こども基本法」が国会で成立しました。2023年4月から施行されます。

子どもたちの権利を守るために生まれた「こども基本法」ですが、どんな内容でこれから何が変わるのか、よくわかっていないという人も多いかもしれません。そこでこの記事では、1分以内で理解できる「こども基本法」のポイントを独自にまとめました。

ポイント① だれのためのルール?

「こども基本法」のいう「こども」とは「心身の発達の過程にある者(からだと心が成長しているとちゅうの人)」とされ、年齢のきまりはありません

ポイント② どんなルール?

・すべての子どもが個人として尊重され、基本的人権が保障され、差別的な扱いを受けないようにすること

・すべての子どもが、適切に育てられ、愛され、保護されること。教育を受ける機会が等しく与えられること

・すべての子どもが、意見を表明したり、社会活動に参加したりする機会があること

・すべての子どもの意見が尊重され、最善の利益が考慮されること

(こどもむけ)

みんなが大切にされ、差別(さべつ)されないこと

みんなが守られること

みんなが意見をいえること

こどもにとっていいことを、大人がやってくれること

基本理念には、主に子どもの基本的人権の尊重について書かれています。この理念をもとに、少子化対策、子ども・若者育成支援、子どもの貧困対策などが進められていきます。

ポイント③ なにが変わるの?

・「こども大綱」ができます。「こども施策」の方針を定めるものです。

・「こども家庭庁」ができます。「こども施策」を具体的に進めるため、「こども政策推進会議」で話し合います。他省庁や自治体の政策が不十分な場合は「勧告」することができます。

(こどもむけ)

新しいお役所(やくしょ)をつくって、こどもをおうえんする方法を話し合います。ちゃんとおうえんしていない人を見つけたら、お役所が注意してくれます。

以上が、こども基本法のポイントでした。ここまで、筆者の高校生の息子に読んでもらったところ、48秒でした。

ところで、なぜ子どもの権利を守るための法律が生まれたのでしょうか。

なぜ「当たり前」の法律ができたのか

日本は1994年、国際条約である「子どもの権利条約」を批准しました。条約には「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」という4つの子どもの権利が定められています。

しかし当時、「児童福祉法」や「母子保健法」などさまざまな法律によってすでに子どもは守られているとして、日本は新たな法整備をしませんでした。

このため条約の認知は広がらず、子どもは「子ども扱い」されたまま、どの政策でも「主体」にはなりづらい状況でした。子育てに関係する省庁が内閣府、厚生労働省、文部科学省などにまたがる縦割り行政の弊害も指摘されてきました。

児童虐待、ヤングケアラー、子どもの貧困。学校や部活動での暴力やわいせつ行為、いじめ。個性や多様性を踏みにじる校則、教育格差......。子どもたちが直面している問題は無数にあります。妊娠・出産から大人になるまで、きめ細やかで切れ目のない支援が必要です。

法律ができたことによって、もっと子どもにやさしい社会になるのでしょうか。子どもの権利に詳しい日本大学教授の末冨芳さん(教育学)に話を聞きました。

末冨芳(すえとみ・かおり)/ 日本大学文理学部教授。内閣府子どもの貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員などを歴任。主著に『教育費の政治経済学』、共著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』など
提供写真

10人に1人がごはんを食べられない

ーーこども基本法が成立した背景には、どんな問題があるのでしょう。

「自国は子どもを生み育てやすい国かどうか」について聞いた2020年度の国際意識調査で、日本で「そう思う」と答えた人は38.3%。ほかの調査対象であるスウェーデンの97.1%、フランスの82.0%、ドイツの77.0%から大きくかけ離れています。「日本は子どもを生み育てやすい国だとは思わない」という人が61.1%もいるのです。

内閣府 2020年度「少子化社会に関する国際意識調査」報告書より

日本は、子どもを育てることを親だけの責任、特に女性の責任にしてきました。子どもは社会全体で育まないと元気に育たないということが、忘れられすぎていたのだと思います。

子育ては親の責任だという意識は、子育てしづらさに直結します。私も妊娠中に同僚から怒鳴られたり、駅でベビーカーを蹴られたりした経験があります。政策も同様で、子どものためにお金を出すのはそれぞれの親の責任であり、国が出す必要はないというスタンスで、子どもや家族への財源は少なすぎます。

それによって一向に進んでいないのが、子どもの貧困対策です。

2018年度の国民生活基礎調査から算定すると、約170万の子育て世帯が困窮していることがわかります。子どもの人数に換算すると、約290万人です。18歳未満の人口のおよそ1割にあたる300万人弱の子どもたちが満足にごはんを食べられていないのは、先進国では異常です。

ーーコロナ禍では真っ先にとられた対策が「全国一斉休校」でした。こども食堂も公共施設も閉鎖され、子どもたちは居場所を失いました。

子どもたちの声はまったく聞かれないままの、2020年2月27日の安倍晋三元首相による一斉休校宣言でした。

学校や自治体の対応により、オンライン授業を受けられる子とそうでない子の差が生まれました。公園の遊具はテープでぐるぐる巻きにされ、子どもたちが遊んでいると怒鳴ってきたり警察に通報したりする大人がいました。コロナで仕事を失った親だけでなく、子どもの面倒をみなければならない親たちも仕事に行けず、収入が減りました。

一刻も早い現金給付が望まれていましたが、ようやくひとり親世帯に支給された臨時特別給付金は、子ども1人につき5万円でした。困窮世帯としては足りない額でしたし、当初はふたり親の困窮家庭には適用されていませんでした。

夏休みは給食がなくなるため、食事を満足にとれない子どもがいる
Adobe Stock / Milatas

ーー困窮している子育て世帯への支援を手厚くしてほしいというと、所得制限の話になりがちです。子育てしている親同士で、譲り合うべきだということなのでしょうか。

親の所得や親の数(ひとり親かふたり親か)など、親の属性によって子どもが受けられる児童手当や教育に差が生まれる制度は、子どもを差別・分断する制度です。ここには、子どもは親の従属物・所有物と考える発想が潜在していると考えられます。

児童手当が2010年に「子ども手当」に名前を変え、いったん所得制限がなくなったものの、2年後に所得制限が復活しました。所得税の年少扶養控除は2011年に廃止され、そのままです。さらに、2022年10月から高所得層の児童手当の特例給付が廃止されることで、およそ61万人の子どもはなんの支援も受けられないことになります。

この超少子化の中で一生懸命、働きながら子育てしている人たちほど、負担ばかりが大きくなり、受けられる利益は少なくなるという構造です。

そもそも所得制限は、多産の国が産児制限をするときの政策ですから、少子化対策としては逆効果です。

2020年の出生数は84万835人で過去最低となりました。政府はもっと焦るべきで、子育て世帯を分断したり、自己責任論で済ませたりしている場合ではないんです。

ーーじわじわと手当が減らされても連帯しづらく、「もっと苦しい人もいるんだから」と声をあげにくい状況があります。

民主主義のルールでは、声をあげなければ状況は変わりません。「子どもは大事だから」が通じない国に生きている限り、子育て世帯はマイノリティなんです。ちゃんとレジスタンス(権力への抵抗)を示すこと、それにとどまらず、なぜレジスタンスにならざるを得ないのか、政治家との対話も積極的にしていったほうがいいと思います。

高所得層の児童手当廃止が検討されたとき、ごく普通に子育てをしている人たちが「こんなのおかしい」と声をあげ、「子育て支援拡充を目指す会」を立ち上げました。こうしたアクションを当たり前のことにしていけたら、子育て世代を無視していてはいけない、と政治家たちに印象づけることになるでしょう。

それに、おかしいと思ったら声をあげる親の姿を見せることは、子どもにとってもいいことだと私は思っています。

子育てに忙しい毎日の中で、大きなことはできません。それでも、住んでいる地域の議員に困っていることを訴えるだけでも、当事者の声を政治に届けることができます。小さくても、さまざまなアクションを重ねていくことが大事です。

妊娠や出産の手当、待機児童対策、幼児教育、児童手当、高校無償化など、子どもの年齢によって、充実させてほしい子育て支援の内容は異なります。対立や不公平感を生まないよう、子育て支援全般を拡充することを目指す必要があります。

新設されるこども家庭庁では、切れ目のない支援をするために周産期から大人になるまでの支援を体系化して手厚い仕組みにすることを目指しています。その中で、特に子どもが小さい人に向けた課題、高校生や大学生に向けた課題などに対処すればよいわけで、まずは子育て世帯がつながりやすい仕組みをつくったほうがいいのです。

ーーこども基本法に期待することは。

こども基本法の最も大きな意義は、あらゆる子ども施策で子どもの権利を保障する理念法だということです。

子どもの権利が明記されたことにより、それぞれの事業・団体が連携し、国をあげて子どもの権利を大事にすることができるようになるでしょう。財源をしっかりと確保して、妊娠期から大人になるまで体系化した支援を実現することがゴールになります。

コロナ禍で子どもたちが深刻な状況にいることが明らかになったとき、子どもの意見をまったく聞かなかった大人もいましたが、子どもの声を聞こうとした大人もいました。ランドセルを手で引くことができるキャリー「さんぽセル」を開発した小学生をバッシングした大人もいましたが、「バッシングはありえない」と言って心ない大人たちをいさめた大人もいました。

多くの人が「こども基本法」の意義を知り、子どもを中心に考え行動する大人が増えていくことを願っています。

学校のこれから

私たちが経験した学校のよいところ、よくなかったところを、大人になったいまだからこそ声をあげ、これからの子どもたちがのびのびと成長できる場所づくりにつなげていけたらと思います。ぜひアンケートにご協力をお願いします。

著者
小林明子
OTEMOTO創刊編集長 / 元BuzzFeed Japan編集長。新聞、週刊誌の記者を経て、BuzzFeedでダイバーシティやサステナビリティの特集を実施。社会課題とビジネスの接点に関心をもち、2022年4月ハリズリー入社。子育て、教育、ジェンダーを主に取材。
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